2011年7月24日日曜日

記念日―がん発見から一年―

昨日、7月23日は私にとっての記念日でした。

昨年、超音波で腎臓に異常が見つかり、7月23日はCT検査でほぼ癌だろうということがわかった日でした。昨年の今頃は、一年後にはもうこの世にはいないかもしれないと愕然としていましたが、なんとか、存在しています。

体重も20kg以上減らし、血液検査とか血圧とかの状況は格段に改善されたのですが、ここのところ、眠さと無気力感で調子はベストとはいえません。体重減らし過ぎかもしれないし、できるだけ、脂肪とかの摂取を減らしているが原因かもしれません。少し、様子見です。

昨日は合唱の公演があり出演しました。フォーレのレクイエムで、曲としてはあまり長くないのですが、終わってからどっと疲れがでてしまい、今日の午前英語の練習にいったのですが、頭の中は雲がかかっているような状態でした。昼食と夕食は、体重が少し増えてもいいからということで、肉を食べました。今までにはないことです。

夏が乗り切れるか心配です。

2011年7月12日火曜日

原発推進は無理

評論家になろうとする原子力委員会はいらない。学者か何か知らないが、はなから責任回避しか考えない委員会はいらない。委員会の人間は専門家。専門家が責任回避を最初から考えるということはそれは原発は危なくて、手に負えないことを暗示しているにすぎない。

世の中にはいろんな責任の重圧に耐えながら、いろんなことを自ら決断し、リスクをかかえながら生きている人がたくさんいる。とても重い判断をしなければならないのはつらいと思うが、それでも逃げずに責任ある態度をとるのが、専門家としてのプライドじゃないのかな。原子力で食べていこうと決めたのは自分以外のだれでもないはずだ。

ストレステストをするとかしないとかという原発自身の安全性もさることながら、事故が起こった際、どう対処するかが決まらないとだめだ。これには廃棄物のことも含めないといけない。この問題はとても難しい問題だと思うが、もう先送りできないところまできている。そのことをきちんと議論できない国では原発推進は無理だ。

原発は危険なもの。事故は必ず起きるものという立場にたてない国では原発推進は無理。

原子力委員会はさすが専門家の学者の集団。事故は起きると思っている。だから、リスクを回避する。