評論家になろうとする原子力委員会はいらない。学者か何か知らないが、はなから責任回避しか考えない委員会はいらない。委員会の人間は専門家。専門家が責任回避を最初から考えるということはそれは原発は危なくて、手に負えないことを暗示しているにすぎない。
世の中にはいろんな責任の重圧に耐えながら、いろんなことを自ら決断し、リスクをかかえながら生きている人がたくさんいる。とても重い判断をしなければならないのはつらいと思うが、それでも逃げずに責任ある態度をとるのが、専門家としてのプライドじゃないのかな。原子力で食べていこうと決めたのは自分以外のだれでもないはずだ。
ストレステストをするとかしないとかという原発自身の安全性もさることながら、事故が起こった際、どう対処するかが決まらないとだめだ。これには廃棄物のことも含めないといけない。この問題はとても難しい問題だと思うが、もう先送りできないところまできている。そのことをきちんと議論できない国では原発推進は無理だ。
原発は危険なもの。事故は必ず起きるものという立場にたてない国では原発推進は無理。
原子力委員会はさすが専門家の学者の集団。事故は起きると思っている。だから、リスクを回避する。
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