2010年10月28日木曜日

80キロが切れた

手術前から体重減に努めてきた。手術後も腎臓への負担軽減のため、食事の量を減らし、毎日1万歩以上を目標に歩いてきた。夜、体重計にのったら、80キロを切っていた。いままで、何度も挑戦したが、失敗し、リバウンドを繰り返していた。一ヶ月半で約7kg体重を落とせた。もう少し、続けないと。75kgが切れたら、ごほうびに海外旅行に行くぞ。

2010年10月25日月曜日

退院後初めての検診

血液を採取した後、腎臓の機能について話を聞いた。手術前から肝臓の機能があまりよくなかったらしい。クレアチニンが1.0もあり、機能的には普通の人の60%くらいだった。腎臓を部分的に切除したため、クレアチニンは術後1.3に上がりGFR値から機能は45%程度に低下している。クレアチニン値は改善しないということから、今の状態を維持するのがやっと。運動をし、摂取カロリーを減らし、体重減に努め、血圧は上げない。塩を控える。がんだったので、切除しないという答えはなかったので、くいはない。いろんな意味でがんばりすぎないようにしないと。透析は避けたい。

2010年10月16日土曜日

出勤後初めての休日

今週から仕事に出たが、今日は出勤後初めての休日。特に、体の不調も無く一週間が過ぎた。早朝、約4kmほど歩いた。うろこ雲の朝だった。半そでの服を着て歩いたが、ひんやりとした空気が体に心地よかったが、出会う人はみんな長袖。残念ながら朝日は見られず、それ以降曇り空。やっぱりうろこ雲だ。出退勤のときはよく歩くようにしているが、カバンを持っているせいか、少し肩が凝ってきている。終わってからストレッチ。

2010年10月12日火曜日

初出勤

朝の散歩は土曜までお休み。といっても、一駅歩きを実行し、1万歩はかせいだ。毎朝歩いてたこともあり、特に問題なし。会社のデスクの上の人間ドックののクレアチンの値を確認した。腎臓切除前で、1.1mgでやや高い。気になるのは0.9、1.0、1.1とここ毎年大きくなっていることだ。いままで、クレアチニンの値なんか気にしたことがなかった。腎臓切除でどう変化したのだろうか?癌がクレアチニンの数値に影響を与えるのだろうか?

2010年10月11日月曜日

KNIGHT & DAY

久しぶりに映画を見に行きました。

「ナイト アンド デイ」。コール・ポーターのジャズではありません。KNIGHT & DAYです。トム・クルーズとキャメロン・ディアスのおしゃれなスパイコメディ。なかなかのせりふが随所にあります。最高は、手をぐっと下げて「without me!」、手を上にかかげて「with me!」。楽しめます。

明日、手術後、はじめて出勤です。

2010年10月9日土曜日

退院して一週間

退院して一週間。ドレインを抜いて約一週間が経った。右足を大きく上げると足の付け根がやや痛むのでズボンをはいた入りするのに何かにもたれかかることが多い。今日初めて風呂に入った。いままではシャワーだったので、すっきりした。退院してからはできるだけ早く寝て、七時間から八時間の睡眠をとるようにしている。

2010年10月6日水曜日

虹を見ました

退院後、一週間休みをもらっている。朝、近くの運動公園まで歩くようにしている。お天気はよかったが、京都の山の上にはかすかに雲がかかっていた。朝の光の受けて西山あたりに虹がかかっていた。BGMはコレルリの「合奏協奏曲1番」から「3番」。

2010年10月5日火曜日

手術後8日目:退院

2010/10/02(土)

今日は退院。医師に傷口をみてもらう。ほとんど肉が盛り上がってきているとのこと。防水シートを傷口に張ってもらう。これでシャワーはOKとのこと。風呂は1週間ほど不可とのこと。

担当してくださった医師と看護師さんに挨拶し、午前中に病院をあとにした。

今回の入院で、体重は約4kg減。体温は少し上昇した(36℃台)。入院時、150位あった血圧が120か130という比較的良い値に戻った。入院前の血圧の悪さは体重とストレスのためか?いずれにせよ、体重はもっと落とす必要があるし、血圧ももう少し下げたいので、健康管理とストレス管理を退院後は考えないといけないと思った。がんは別として、今回の切除による腎臓の機能低下は免れないので、いわゆる、メタボ状態は今度は命取りになるかもしれないことを医師から言われた。

手術後7日目

2010/10/01(金)

今日から10月。明日は退院。まだ、最後のチューブ、ドレインが付いたままだ。

今回の手術ではホッチキスの針のようなステープルで傷口が止めてある。今日は抜糸ならぬ抜ピンである。ドレインチューブもお腹の皮にステープルで固定してある。

どのくらい痛いのか不安だったが、たいしたこと無かった。皮膚に貼られた接着力の強いテープを引っ剥がす程度だった。ドレインを抜いてもらいこれで完全にチューブから開放された。自由だ。明日、お腹に開いたドレインの穴の状況を見てもらい退院。その他の傷口はきれいということだった。

明日は退院だが、土曜日で休みのため退院の事務関係の手続きができないので、そのための書類を書いたりする。

手術後6日目

2010/09/30(木)

だんだん調子が戻っている。咳やくしゃみの時の傷口の痛みが減ってきている。しかし、傷口をかばうために後ろ手を組んで歩くのが癖になってしまった。

外は雨で気温は低く20℃くらいだが病室内はもっとあたたかい。

寝ている時間が多いので足腰が少し弱くなったかもしれない。もう少し歩こう。

手術後5日目

2010/09/29

朝から教授回診。

少しだけだが、お通じあり。とりあえず、量は関係なし。トイレでは、痛くて、なかなかいきめない。

看護師さんの話では、筋肉を切っているから、1~2ヶ月は痛むかも・・・ということだった。

エコーで腎臓をチェックしてもらう。問題ないとのこと。

腎臓がん自身の進行はゆっくりしている話を聞いていて、実は、数年前からがんはあったのだと想像できる。毎年、人間ドックは受けているのに、去年はなぜ見つからなかったのかという疑問があった。腎臓の腫瘍はエコーではなかなか見つけにくく、あるとわかっている前提で見てみると判別できるというくらい難しいのだそうだ。そういう意味では、人間ドックでよく見つけてくれたということなのだ。感謝。

手術後4日目

2010/09/28(火)

昨夜の雨あがる。雲多き朝だが、ところどころ青空が見える。

お腹の張りがきつくなってきている、食事の量を減らそうと思った。

退院後の健康管理について考え始めている;血圧、食事、運動、ストレス、減量

問題がなければ、9月30日には処置が完了するとのこと。

4日間便通なし。

手術後3日目

2010/09/27(月)

朝、37.2℃まで熱がさがっている。
じっとしている分には痛みは無いが、咳をすると傷口が傷む。

午前に尿の状況が良いので、尿管を外してもらう。尿管の刺激はかなり不愉快だったのでとてもうれしい。個室から相部屋に戻る。

排尿時、かすかな痛みがある。管が入っていたからしかたない。

手術後2日目

2010/09/26(日)

朝食はあまり進まず。昨夜から37から38℃の微熱が続いている。部屋から外にでて歩き始めるが、チューブはいっぱい付いている。

昼ごろ、点滴をはずしてもらう。もし痛むようだったら、痛み止めを出すから言って欲しいといわれたが、特に、我慢できないほどではない。それより、チューブから解き放たれるのがうれしい。

会社に手術が無事完了したこと、退院後、一週間休ませて欲しいことを伝える。

食事は大分取れるようになったが、全部は食べられない。

お腹の張り減少ののため、腸の動きを促進するため漢方薬(大建中湯)を処方してもらう。

手術後1日目

2010/09/25(土)

さわやかな朝。午前に歩く練習。酸素吸入をはずしてもらう。血中酸素96%と平常値に戻っている。点滴、尿管、ドレイン(手術後、腹腔内に溜まった血液などを抜くための管)がぶら下がっている。とりあえず、立ち上がった。あんまり、気分がよくない。血圧が低いのかもしれない。

昼ごろより水分を摂取してよいということ。

午後、担当医師が見えられた。切除部分は右腎臓の30%。切除周辺部分は機能的にだめになるので、50%くらいが機能的に生きるだろうということ。ただし、手術前のわたしの腎臓の処理能力は普通の人の70%くらいしかなかったとのこと。切除後は計算上53%くらいになる。切除していない左腎を事故でし失うようになった場合、処理能力は18%くらいになる。機能低下で10%を切ると透析が必要になる。食事、疲労、ストレスとこれまで以上に注意、つまり、腎臓に負担をかけることは極力さけ、現状の機能能力をできるだけ維持する必要ということである。

夜より食事をとっていうことで、重湯と魚のミンチを団子にしたようなものがでたが、ムッときてほとんど食べられず。重湯を少し口にしただけ。

平時は比較的楽。

手術当日

2010/09/24(金)

いよいよ、手術の日。朝から緊張。
6時:起床、浣腸。
7時半:エコノミー症候群のような血栓防止対策としての圧力靴下を履く。
8時:家内が来る。

8時半:歩いて手術室へ。担当の方々に朝のあいさつ。手術台の上に寝ると、テキパキといろんな処理が始まる。名前の確認。手術部位の確認。点滴の針がさされる。マスク着用。麻酔始めますの声から十秒くらいで、かすかなにおいを感じたら、意識がなくなった。単にフェース・マスクのにおいかもしれない。眠くなるという感じではなく、単に、意識が無くなったという感じ。

夢の中でパラパラとスライドが高速で切り替わる感じがあると思ったら、名前を呼ばれて、終わりましたの声。そうだ、手術だったんだと思い出した。体が何か変。また、すぐ、眠った。「動かします。」の声で目が覚めた。そのあと、2回ほど「少しゆれます」の声で目が覚めた。ベッドに乗せられて移動している記憶はまったくなし。「着きました」の声でまた目が覚めた。声がすると意識が戻るという感じ。

家内と主治医の先生の声がする。

右わき腹鈍痛。切ったから仕方ない。それより、膀胱がぱんぱんに張った感覚がある。尿は尿管から自動的に排出されているから、尿がたまっているはずがない。多分、尿管による刺激のせいだろうと思ったが「トイレに行きたい」と訴えた。痛み止めを投与してもらい、眠った。気がついたら、膀胱の張った間隔はなくなっていたが、口の中とのどが異常に渇いた感じがある。看護師さんに口の中を水で拭いてもらった。当然吐き気がきた。麻酔のせい。寝返りはOKということで、痛みを我慢して横を向き、吐こうとした、そのたびに傷口に激痛。3度目に小さな血痰をはいて楽になった。口の中の渇きは何度も感じた。麻酔が完全に覚めていない状態での飲水は嘔吐をまねくことがあり、吐いたものが肺に入ると肺炎を起こす可能性があるということで、医師からはうがい程度といわれた。

家内に水を準備してもらい、口の中に含んで、口の中を濡らし、吐き出すことを何度か行った。また、呼吸の際、呼気を鼻から出すのではなく、口から出して体内の湿気で口を潤そうと努めた。

予定通り手術は終了したと説明を受けたと家内は教えてくれた。病棟には午後2時半頃、看護師が手術室に迎えにいったということだったので、これも予定通り、6時間くらいの手術だった。

手術当日の時間の感覚は曖昧でよくわからない。少し楽になったので、家内にもう帰っていいと言ったのは覚えているが、夜はうつらうつら状態だった。

19時:酸素マスクを一度はずしてもらったが、血中の酸素濃度がまだ低かったので、酸素吸入を再開。フェースマスクからカニューレに変えてもらい、それだけでも楽になった。

2010年10月4日月曜日

入院から手術前日まで

腎臓がん闘病の記録(2)

2010/09/21 (火)

いよいよ入院。きれいな建物。眺め抜群。「大文字」が山肌にくっきりと見える。4人部屋。到着後、血圧測定、緊張しているのか150を超えている。体温は正常。棟内を看護師さんに案内してもらった。

手術についての説明を受ける。手術準備偏は看護師さんから、手術そのものについては担当医師から。手術としては後腹膜鏡下右腎部分切除というもの。右わき腹に複数の穴を開け、腹腔鏡下で腎臓を切除取り出すというもの。リスクについての説明があった。

・ 腎臓は小さな血管がたくさん通っている。切除後、それを逐一ふさぐ必要がある。出血がひどい場合は、全体切除及び普通の開腹手術に移行する場合がある。
・ 腎臓内の尿細管もふさぐ必要があるが、これは尿管カテーテルにより色素を逆方向に注入して、色素の漏れを確認しながら閉じてゆく。
・ 術後のリスクとしては、動脈と静脈がつながるとき、普通は毛細血管を介して繋がるのだが、ごくまれに直接繋がってしまうことがある。このとき接続部に血の入った袋が形成され、破裂すると体内で出血が起きてしまうので新たな処置が必要になる。

書面による同意書にサイン。

そのあと、麻酔科の医師が見えられ、麻酔は全身麻酔で呼吸を停止させて、酸素吸入を行いながら手術が行われるといわれた。そのあと、口の中をチェックし歯がぐらぐらしていないかの確認があった。これは酸素吸入のための管を入れる際、歯に損傷を与えないためのこと。

2010/09/22 (水)

概して、暇。手術は24日だが前日は祝日ということもあり、一日早く入院した。麻酔科の正式の説明が再度あり、同意書にサイン。夜、下剤プルセニド服用。血圧が140に下がった。周囲の患者さんはがんの治療をうけているが、わたしだけは、自覚症状もなく、ぴんぴんしている。私はがん初心者。

2010/09/23 (木)

明日はいよいよ手術。午後から下剤を溶かした水2Lを服用。血圧が130に下がった。いままで、どうしても下がらなかった血圧が、入院して3日目にして、ほぼ正常値。

2010年10月3日日曜日

発見から入院まで

腎臓がん闘病の記録(1)

2010/06/18 (金)

今年も人間ドックを受ける。血圧がやや高い。おそらく、血液検査の結果はよくないだろう。メタボだ。いずれにせよ、予想はついている。

2010/07/19 (月)

人間ドックの結果を、半月以上、放置していた。会社への結果報告の期限が近づいたの開けてみると、今までに見たことの無い所見があった。エコー診断のところに、腎臓に腫瘤。X線CTによる精密検査が必要。手書きで至急と書かれていた。父親の系統は腎臓にのう胞がでるので、いよいよきたかと思った。すぐ検査病院にCT検査を申し込む。

2010/07/23 (金)

午後、会社を休んでCTの検査を受ける。造影剤を注入すると体が熱くなる。検査後、一時間ほどで結果がでた。きちんと血液が回っているので明らかに腫瘍あり。素人の私にもはっきりとわかった。検査病院の先生の話では、のう胞ではない。腫瘍だ。良性か悪性かははっきり判断付かないが、いずれにせよ、切除が必要。良悪の判断は切除した腎臓の細胞を検査してみないとわからないでしょうとのこと。CT画像で見る限り転移はなさそうであるとの話だった。いずれにせよ、治療のための病院にすぐ行きなさいということで、市内の大学病院を紹介してもらい、週明け早々に予約をいれてもらった。

今日は古い合唱仲間の演奏会があったのだが、やはり、行く気にならなかった。ごめん。帰宅して、事情を家内に話したところ、あまりにも、帰宅が早かったので、不吉な予感がしたそうだ。

自分は何年生きられるのだろうかとか、費用はどの位になるのだろうか、仕事は続けられるのだろうかとか収入はとか不安がよぎる。あまりにも、知識が乏しかったので、腎臓がんについてインターネットで調べてみた。受診する大学病院のWebサイトに初期がんであれば、5年間生存率は90%を超えていた。もう欲は言わない、5年間生きられたら良しとしようということで居直った。

Live for Todayということがとても重い意味を持ち始めた。いままで、こんなことはなかった。10年先を考えて、いろんなことを考えることもあったが、もう、そんなことを考えるのは意味が無い。それよりも、その日を、楽しみ、やるべきことをやることが重要だ。

2010/07/26 (月)

会社の上司に報告。入院・手術の可能性が高いこと。これからのことについて了解を得た。

笑えない話がある。がんとわかってほっとしたことがあった。これで、仕事が休めると思うと妙に明るくなった。毎日が追い詰められていた。退院したら、仕事のやり方を変えないといけない。

2010/07/27 (火)

大学病院をたずねる。状況的には検査病院の結果と同じ。転移も見られず、初期と考えられる。90%以上の確率で完治するだろうとのこと。あらためて、CT、エコー、血液検査を行う。手術の方法については、結果を勘案し、内部の会議で決めるとのこと。次回、外来で説明しますとのことだった。

2010/08/02 (月)

家内とともに外来をたずねる。

腫瘍の大きさは約4cm。腹腔鏡による右腎部分切除手術をするとのこと。腹腔鏡手術は小さな穴を複数個開け、カメラによる像を見ながらの手術で、一番大きい穴でも患部を取り出す数cmのものですむ。回復までの期間が短縮されるメリットがある。

初期であれば根治的切除(全摘出)でも部分切除でも5年間生存率はかわらないというのをインターネットで確認していた。根治的切除の場合、残った腎臓が事故で機能しなくなった場合には、透析ということになってしまう。いずれにせよ、技術的には難しい手術であるとのこと。

手術日は9月24日。手術後、一週間程度で退院できるだろうとのこと。

心電図測定。

2010/08/03 (火)

会社で再度状況を伝える。上司より治療の方を優先するよう言ってもらえた。

ここ2週間ほど仕事のペースを落としていた。自覚症状がほとんどないので、心苦しいところがあった。入院までにある程度仕事を片付けておかないという頭もあり、ペースを戻すことにした。ただ、過剰なプレッシャーは欠けないことにした。仕事はしないといけないが、無用なプレッシャーを課する仕事のやり方は今後直していかないといけない。リラックスして仕事をすすめる方法を、退院後は模索しないといけないと感じた。今までのやり方では血圧は上がるし、体への負担は大きくなる。

2010/08/04 (水)

自分ががんになってしまったことをある人に伝えると、その人は困惑してしているようだった。自分ががんであるということを伝えることはとても難しいことだと感じた。がんは死とイメージ的に繋がってしまうため。どう反応していいかよくわからないのだろう。

また、がんであることを伝えるだけで、無能力者の扱いを受けるのではという不安がよぎる。

2010/08/16 (月)

入院は9月21日ということで、入院の申し込みを行った。通常のX線撮影を行った。心電図の結果から洞性不整脈がある。念のため循環器科を受診するよういわれた。

2010/08/17 (火)

循環器科を受診。不整脈は通常の範囲内で問題なし。

2010/08/30 (月)

ほぼ、事前の検査は終了。手術時の緊急用輸血のため自分のための血液を貯血は不要である。今までの経験によるもの。あとは、入院の日を待つのみ。