2011年6月23日木曜日

がんと闘った科学者の記録

ニュートリノ振動を初めて観測し、ノーベル賞候補といわれていた戸塚先生の癌の闘病ブログが出版されていたので読みました。戸塚先生は小柴先生のお弟子さんです。

2000年に大腸がんで手術、その後、肺、肝臓、骨、脳に転移、2008年他界されました。そのブログは亡くなられる一週間前まで続いています。

他のがん患者さんのために、病気の進展具合、治療、副作用についてきめ細かく記録されています。薬物の効果があっても、副作用のために中断せざるを得なくなる。その後、どうなるのか。誰に聞いてもわからない。自分の例を克明に記録されています。

無くなられる一二ヶ月のブログは戸塚先生の一生の総括みたいに読めました。明快に生き方みたいなものがのべられていました。

印象的だったのは死への恐怖についての気付き
・自分が消滅しても世界は何事も無く進んでゆく
・自分が存在したことは時間とともに消えてゆく
・自分が消滅した後のことは絶対垣間見ることはできない。

こういった恐怖のなか、残りの人生をどう生きるかをいつもいつも考えられていた。

それ克服するためいろんなことを考え実行されている。生きることは修行である。宗教を信じない科学者が仏教に興味を持つ。古代仏教は他力本願ではなく、みずから、悟りを開く修行である。

なかなか難しいのが奥さんに愚痴をこぼし、精神的に追い詰めてしまうこと。これを克服したいと思われていた。

最後のほうに正岡子規の言葉を引用されている。
「悟りとはいふ事はいかなる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りということはいかなる場合にも平気で生きて居ることであった」
副作用や痛みと闘いながら常に生きることを考えられていた。

「コチョウランが満開になった。ランというのは花の咲いている時間が長い草。当分楽しめそうだ。部屋を華やかにしてくれる」。 とてもおだやかな文章。

このブログを最後に入院、一週間後になくなられた。最後のブログはとても辞世のブログとは思えない。まだ、まだ、このまま生活を続けるといった趣の文でした。

10日ほど前、6月15日のPhysicsworld .comにEvidence mounts for previously unseen neutrino oscillationという記事が出ていた。これは日本のT2K(Tokai to Kamiokande)実験で、東海村のJ-PARK(巨大な加速器の複合体)でニュートリノを発生させ、小柴先生のノーベル賞となった観測が行われた飛騨のカミオカンデでニュートリノを検出する実験です。このJ-PARKを推進されていたのが戸塚先生で、成り行きを楽しみにされているのが読んでいてわかりました。今はいろんな人が後をついでやっておられ世界的な成果を生み出しています。

最初にこう書いてられます。「Old soldiers never die; they just fade away。古い世代は自己の痕跡を残さずに消えさるべきなのです。」

2011年6月21日火曜日

貧血気味

体重が減って、いろんな数値が良くなって、メタボからも脱したのはいいが、さいきんやたらと頑張りがきかなくなってきているのは気が付いていました。今も、肩から腕にかけて脱力感があります。

先日の健康診断では血中のヘモグロビンの値が異常というほどではないまでも、低めであるとの指摘はうけました。もともと高いほうではありませんでしたが、体重が減って、ヘモグロビンも下がったのが原因だと思います。

本屋さんで書棚の下のほうの本を見て立ち上がろうとすると、立ちくらみが起きて、少しの間、書棚にもたれていることがあります。

2011年6月20日月曜日

人とのお付き合い

最近、人と接するのがとてもおっくうになっている。

仕事も、今日は最初考えていた内容のことは10%位しかできなかった。PCを開いて文章を書き始めたら、5分もしないうちに、次々と問い合わせ、対応ののしごとが入ってくる。ようやく、続きに取り掛かれたのは一時間半後。完全に最初やっていたことを忘れてしまっている。

自宅に帰ったら、メールで、2件ばかりお誘いがあったが、迷った挙句、全部お断りした。

かつてはいろんな仕事も、お誘いも積極的に受けていた。しかし、手術後、仕事に復帰してから、仕事がどんどん山のようになり、はけなくなっている。これ以上受けたらどうしようもなくなってしまうという思いから、どんどん消極的になっている。それにつられるように、人とのお付き合いも消極的になっている。

東日本大震災の後、ひどくなった。

現場の負担がどんどん増えてゆくなか、中央部門は責任回避策ばっかりを考えている様子が、自分の仕事の状況と重なってしまう。

言い訳かもしれないが・・・。

2011年6月18日土曜日

リスク

経済産業相が安全対策についてできていることを地方自治体に説明、再稼動を要請するという記事がでていました。いままで、国と電力会社はきちんとした安全対策をとってきたと言ってきた結果が、現状況です。また、同じことをしているように見えます。まず、今は、いくら説明してもだれも信用してくれないところから物事を考える必要があります。

まず、実施するなら、対策をとりましたからこの位の地震津波では大丈夫ではなくて、原発は危険で事故は起こりうるという視点に立てないとだめだと思います。もちろん、起きない対策は言うまでもありませんが、起きたら初動はどうするか。どうやって飛散や汚染の広がりを回避するのか。核のごみはどうするのか。どう住民は避難するのか。責任はどこがどのように持ち、どういう責任の取り方をするのか。安全対策のコストも含めて原発は安価なのか。そこまでの内容が説明されないといけないと思います。

知人が言ってました。安全対策については国民も反省すべき点があると・・・。本当は危険なものなので、そのことは国も電力会社も十分わかっていても、厳重な対策がとれなかった。危険だから巨額の投資を行って安全策を講じようとしたら、国民はそんな危険なものを作らなくていいという。だから、国も電力会社も適当なところで、安全だといったにちがいない。事実かどうかは知りませんが、あらゆるものにはリスクは付き物です。

日本という国は他の国とくらべても安全な国です。そのせいか、他人には安全を求めますが、自分ではリスクはとらない国民だなと最近つくづく思います。現在の国と電力会社の対応の仕方をみていてもそう感じます。

癌と診断されたとき、治療をしてもらいその最終結果は自分が受け入れざるを得ないものと強く思いました。もちろん、お医者さんはベストな解を提示してくれますが、決めるのは自分です。その決定のリスクは自分がとらなければならないのです。癌と診断されるなんて自分にとっては予想外の大きな津波でした。でも、どんな結果になろうともそれは誰の責任でもない、自分の責任でもないかもしれない。しかし、リスクだけはとらないといけないのです。

原発の問題については自分がその決定に参加できず、結果だけをあまんじて受けないといけないというのは、少々、納得のいかないところです。せいぜい、国会議員を選ぶくらいですかね。せめて、国会議員が決定に参加し、原発廃止にYESだったのかNOだったのかを明確に国民に明らかにして欲しいです。自分と反対の意見に一票を投じた国会議員には、次回の選挙では絶対入れない。

2011年6月13日月曜日

今年の人間ドック

今年の人間ドックの結果をもらいました。

癌というとんでもない通知をもらってから一年。今年は腎臓腫瘤の文字がなくなりました。

体重を20kgも落としたおかげでいろんな数値が改善しました。ウェストも20cm近く減りました。メタボも非該当、脂肪肝も消えました。クレアチニンはもうよくならないということであきらめて、数値キープに努めることにします。眼底にまだ高血圧性の変化が残っています。でも血圧自身は正常になっています。

食事の量を減らしているせいか、やや、貧血気味という結果が出ています。

普段の生活を規則正しくするのが重要みたいです。

2011年6月12日日曜日

最近、疲れる

最近、疲れる。体重も増えていないのに。仕事がどんどんたまってゆく。こなせないうちに次の仕事が入ってくる。

元気が出ないもうひとつの理由は、ニュースをよく見るせいかもしれない。あきらめと焦燥感を覚えてしまう。被災地の人はもっとつらいだろう

ミヒャエル・エンデの児童小説「ネバーエンディングストーリー」では主人公の少年バスティアンが世界を蝕んでくる虚無と戦う。

首相と与党野党の国会議員の犯した大罪は国民に虚無感を与えていることではないかと最近思い始めている。原発の問題にしてもどうしようとしているのかまったく見えない。首相は原発を止めるかと思えば、国は推進を宣言する。今度は自然エネルギー推進庁だって。自民党は都合が悪いのか、民主党をこきおろすだけで正義の見方ぶるがこれからエネルギー政策をどうするのか述べていない。要するに、重要なことの決定を他者におしつけて、何も自分で決めようとしないのだ。

なんで私の仕事がふえてゆくのか。官僚化してゆく社会で瑣末な仕事が増え、「他人に仕事をやらせるのが私の仕事」みたいな風潮があるのだろう。

こんな国で原発を進めるのは危険すぎると最近感じる。原発技術の問題ではない。
「原発は人災だ。電源流出は考慮しなくていいことは知っていたが真剣に考えなかった」 ちょっとまてよ、監督官庁の長が居直りみたいにそんなこと言ったら、国民はどうすりゃいいんだ。誤ってすまない問題をそれで済ましてしまう。プロの言葉とは思えない。こんな国で原発を進めるのは危険すぎる。

・・・なんて考えていると疲れもしますよね。

バスティアンみたいな政治家はいないのかな。

2011年6月8日水曜日

反粒子と癌

ここ数日見かける記事に、309個の反水素を1000秒間トラップしたというニュースが流れています。反水素は水素の反粒子。場所はCERN。反粒子とCERNというふたつのキーワードでダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」を連想される方がいると思います。これはお話なのでなんということはありません。実は20年位前、この反粒子が使われている機械を知り驚きました。PETです。PETといっても猫とか犬ではありません。

さて放射線を発生するメカニズムの1つにベータプラス崩壊というのがあります。最近話題のヨウ素131はベータプラス崩壊ではなく、ベータマイナス崩壊です。ベータプラス核種は陽電子を放出します。陽電子は電子の反粒子です。陽電子と電子が衝突したら2つの物質は消滅してガンマ線という高エネルギーの光を発生します。

PETはpositron emission tomographyとよばれるもので、癌の診断に使われます。ベータプラス放射性核種を含む薬品を体に注入し、その薬品が癌にあつまりやすい性質を使います。癌の近くにあつまったベータプラス放射性核種は陽電子を放出し、それが体内の電子と衝突し消滅するとそこからガンマ線が出て、それを体外で検出し断層画像をつくっていきます。

最近ニュースが連想ゲームで癌につながりました。