2010年12月30日木曜日

2010年をふりかえって:癌が見つかったけどいい年だった。

2010年も終わりです。良くも悪くもカラダの一年になりました。
 
夏にがんの告知を受け(幸い初期の腎がんでした)、入院、手術と今までに無い経験をしました。よくない事の原因探しをしても仕方ないし、がんなんて原因はよくわかりません。ただ、よくないことをよくないことだけで終わらせたら、やっぱり、よくないことがあっただけで終わってしまいます。なんとかこの経験を少しでもいい方向へのきっかけにしたいと考え、これを機に、肉体的にも、精神的にも健康であろうと努めることにしました。
 
1.食事のカローリー摂取量を減らし、腎臓に負担をかける塩分とたんぱく質をとりすぎない(現在、私の腎臓の機能は普通の人の約半分しかありません。そんなことを嘆いているのではありません。腎臓を一部とったので生きるチャンスをもらいました。大事にしようと思います。)
2.毎日歩く(土日は朝6時に起きて1時間くらい歩きます。多くの人歩いています。最初は朝の挨拶ができませんでした。最近は会う日と会う人挨拶することにしています。理由はよくわかりません。ともかく、せっかく、すれちがったのだから挨拶します。季節を感じるのは事実です。)
3.夜は10時台に寝る(精神的にも、頭の活動にもよい。ただ、実行できていません。さすがに0時をこえてから寝るということはなくなりました)
 
そのかいあって、9月から体重は10kg以上減少し、標準体重が視野に入ってきました。驚いたことに、10年以上問題になっていた中性脂肪やコレステロールの値が2ヶ月で正常値にもどりました。最近、うれしい問題が生じてきています。服が全部ぶかぶかになってきています。
 
精神的なリラックスはうまくいってません。仕事はなかなかうまくコントロールできません。去年以上に自転車操業の仕事をこないしています。
 
がんになって気付いたのは、最初はおろおろしてしまいますが、そのうちなんとか自分で克服しようと言う気持ちとこれからの人生をどう生きようかと考え始めたことです。一番最初に思ったのは今を大切にしようと本当に思いました。ことばじゃなく、なりふりかまわずそうありたいと思いました。
 
退院してからブログを書き始めました。病気になって考えたことを書きたかったのですが、あまり書けていません。私にとって重要なのは今年を忘れてはいけないということです。病院を忘れてはいけない。体のことを考、心のことを考え、がんで入院されたいた若い人がいたことや、もくもくと病院の棟内で自らを励ましてリハビリをされている人がいたことをわすれてはいけない。記録を見ると直接そのことに触れてなくても思い出せるからです。
 
クリスマスにキャロリングというのに参加しました。病院にいって病気の人やお年寄りに賛美歌などのクリスマスの歌を歌います。唱歌とかを歌うと涙をうかべてられる車椅子のお年寄りもいらっしゃいました。自分が今年入院したこともあり、特別な思いで歌いました。
 
来年はいい年にして、実は、そのきっかけは今年にあったんだとなればいいです。だから、言い換えます、今年は病気したけどいい年だった。来年もいい年であればいいな。

2010年12月26日日曜日

高校駅伝観戦

合唱の練習に午後出かけましたが、途中、丸太町通りで人だかり。TVのカメラも設置されていました。高校駅伝でした。練習遅刻覚悟で第2中継点で通過を待ちました。トップで来たのはわがふるさとのチーム須磨学園でした。そのあと機嫌よく練習に参加。車でこられた合唱指導者も交通規制のため遅刻。須磨学園は最後にはおちてしまったようです。残念ですが、でも、ご苦労さん。

2010年12月25日土曜日

22000歩達成

今日から急に気温が下がり、鼻水が出る状態でしたが、用事があって白川に行きました。明日、高校駅伝があるので、軽くコースを走っている選手を横目で見ながら、銀閣寺当たりから哲学の道をくだりました。この寒い中ちらほら観光客とか、カップルがいるんですね。驚いてしまいました。開店しているお店もあります。そのあと三条からまた丸太町まで上がったのでいっぱい歩きました。都合、22000歩。ここ10日ほど、忘年会とか飲み会とかいろいろあったので、食事がオーバー気味だったので、ここらでひとつがんばりました。明日も寒そうです。

2010年12月23日木曜日

ヘンデル・メサイア

前、属していた合唱団がメサイアの演奏会をするということで聞きに行ってきました。

メサイアといえばハレルヤですが、それにもまして、最後のアーメンの部分が好きです。フーガ形式になっていて、アーメンの大波が次から次へとやってきます。

演奏者のかたお疲れ様でした。

会う人、会う人からやせたねといわれました。

2010年12月22日水曜日

英語を聞きながら健康づくり

今日は冬至。ついに、夜明けが一番遅い時期に早朝ウォーキングをしました。しかも、今朝はくもりだったので、早朝ウォーキングというより深夜ハイクみたいでした。

いつもVOAのpodcastを聞きながら、時にはshadowingを行いながら歩き始めます。15minutes Featuresというプログラムは比較的ゆっくりしているのでshadowingに適しています。今日はHarry Houdiniという偉大なマジシャンのお話でした。

2010年12月20日月曜日

クリスマスが近いので音楽を --Ave Verum Corpus--

クリスマスが近くなりました。モーツァルトのAve Verum Corpusというミサの時に歌われた合唱曲をmp3で聞けるようにしてみました。一度、聞いてみてください。Ave_Verum_Corpus.mp3のフォルダーアイコンをクリックすると音楽が流れます。また、私のWeb「ア・カプリッチオ」のmp3コンサートのページには他にもmp3の曲をおいていますので、気に入った方はぜひおいでください。比較的ゆっくりした曲が多いです。

2010年12月19日日曜日

病院で歌いました

大阪の病院で、患者さんの前で、クリスマスの歌を合唱してきました。

ガンが見つかった時、もしかしたら、もう、歌えないかもしれないと思ったこともありました。とても複雑な気持ちでした。素直に喜べばいいのかもしれません。

ともかく、治療をしてくださったお医者さんやお世話くださった看護師さんに感謝です。

また、聞いてくださった患者さんが早くよくなられるといいと思います。

もうすぐ、クリスマス。指揮をされた指導の先生がおっしゃっていたこと。欧米では、クリスマスを一人で過ごす人がないよう周りの人が気を使ってあげるのだそうです。

2010年12月18日土曜日

季節を感じる

今までこれほど、朝日が欲しいと思ったことはない。朝のウォーキングを初めて、土日曜日には必ず、6時前に家を出る。でも、最近はいつもまだ暗闇。まもなく冬至。これから、寒さは増すかもしれないが、もう少しすると、今度は朝が早くあけるのを実感できる。待ち遠しい。

2010年12月16日木曜日

英語でのプレゼンテーション

英語のプレゼンをしました。もう少し、時間をかけて準備をしたかったのですが、できませんでした。なんだか、度胸がついてしまったせいか、最初の出だしだけ英語を考え、あとは野となれ山となれになりました。ただ、パワーポイントの各ページで言いたいことだけはきちんと押さえていたつもりです。

いままで、うまくいったと思ったの英語のプレゼンは2回だけ。1回目は45分のプレゼンに相当時間をかけました。パワーポイントが完成してから、2~3週間かけて、文章を書いて丸暗記しました。

2回目も2週間かけましたが、その時は、聴衆を見て相当オーバーなくらいの表現で話しました。結構、受けました。話の内容が多分聴衆の共感を呼んだのだと思います。

一番めんくらったのはインドでプレゼンをしたときでした。お客さんはすごく真剣でむずかしい顔をして、聞きながら横に首をふるのです。やばい、何かまずいことを私は話しているのだろうかと、不安になって何とか終わりまでたどりつきました。"Good Presentation"と言ってもらったのですが、複雑な気持ちでした。そのうち、だんだんわかってきましたが、インドでは首を横に振るのは肯定のジェスチャーです。文化の違いということで、ようやく、ほっとできました。

2010年12月14日火曜日

英語で飲み会

仕事で見えられた外国人と和食で飲み会でした。欧米中等様々な国の人が集まってなかなか楽しい集まりでした。

問題は食べ過ぎてしまったこと。一度、節制を破ってしまうと、崩れてしまうことがあるので気をつけないと・・・。

いつも思うのは、英語上達の秘訣は、勉強や練習もあるかもしれませんが、もっとも大切なことは別の所にあると思います。伝えたいことがあることとそれを伝えようとする気持ちだと思います。

明後日、英語でプレゼンテーションをしなければなりません。まだ、完成してません。やるしかありません。

2010年12月13日月曜日

お気に入りの英語の辞書と使い方

私が英語の文章を書く時良く使う辞書は英次郎とCOBUILDです。単語を引く時は英次郎を使いますが、文章を考えたりするときやより英語らしく表現したい時はCOBUILDです。

学生のころ星の王子様を読んだことがあるのですが、その時、星の王子様がキツネをtameすると出てきたのです。英和辞書を見ると「飼いならす」とか「服従させる」というふうに書いてあるのですが、餌付けするわけでもなく、内容とまったくしっくりきませんでした。王子様はそれほど上から目線でキツネに近づいたのではありませんでした。

COBUILDではこう書いてあります。"If someone tames a wild animal or bird, they train it not to be afraid of humans and to do what they say"。この辞書は単語の意味をいうのではなく、フレーズの中でこう使われている時にはこういう意味ですよという言い方がされます。この場合、人が野生動物をtameするとは、こういう意味ですと書かれています。tameには動物に対して人を怖がらなくてもいいように慣れさせるという意味があるあるようです。

星の王子様はじっとキツネが慣れて近づいてくるのを待っていました。このとき使ってあったのがtameだったのです。

よく使う言葉にsupplyがあります。仕事で最初この単語を使った時、前置詞に、とまどってしまいました。COBUIDではこう書いてあります。"If you supply someone with something that they want or need, you give them a quantity of it." 誰かに物を供給する時、供給先を目的語にしてwith のあとに供給する物をもってくる。とまどったのは、このwithの使い方がわからなかったのです。最初のころは、供給先と供給するものを逆に書いたことがあったかもしれません。似たような単語にequipがあります。

英文を書く時は和英で単語をさがしてから、COBUILDで使い方をチェックすることがよくあります。

2010年12月12日日曜日

演奏会に向けて合唱の練習中

来年、2月の演奏会に向けて、合唱の練習中です。パートはテナーです。いままでに、第九、ベルディのレクイエム、ベートーベンのミサ・ソレムニス、ヘンデルのメサイアという具合に宗教曲が多いです。今は、ブラームスのドイツレクイエムとラターのマニフィカートをやっています。

今日は、個人的なチェックが入りました。なかなか、思ったように歌えませんでした。発声が調子悪かったためそちらにばかり気をとられてしまいますた。

2010年12月7日火曜日

手術の跡

手術から2ヵ月半。腹腔鏡手術で、右わき腹から行った。今、見てみると、赤くなっている箇所が数箇所あるだけで、本当に腎臓を取り出したのかと思うくらいだ。父が何度か手術をしたのでその跡は良く覚えているが、段違いだ。

仕事に復帰、最近は忙殺されているが、傷をみて、告知されたときとか、入院していた時の思いを呼び起こしている。真剣に健康のことが心配になり、退院したら、健康を最優先にしようと考えた。食事、運動はまだ気を使っているが、ついつい、忘れがちになり、睡眠時間も減り、仕事もいっぱい抱え込んでいる。継続しないといけない。だれかに言われた「一病息災」。腎臓の機能は落ちているのだ。

2010年12月5日日曜日

12月の紅葉、まだまだ美しい

 宇治の紅葉はまだまだ美しい!
 

2週間前、宇治興聖時のもみじの坂はまだ緑だった。今日もう一度行ってみた。

やはり、ウォーキングで片道50分。

今日は朝方出かけた。

今日は以前と違う。陽に生えて美しい。もみじの坂は日さあいので、紅葉がおそいようだ。朝から旅行者やハイキングの団体、ジョガーとすれ違い紅葉の名所へ。

2010年11月28日日曜日

雨に降られた朝のウォーキング

朝6時は暗いです。今朝も一番星、多分金星、が明るく輝く闇の中をウォーキングに出かけました。ところが、30分くらいすると、にわかに雨が降り出し、しかたなく、運動公園の施設の軒下で雨宿り。5分ほどで小降りになり、再開。家につくころには、また天気は回復。

2010年11月26日金曜日

体重10kg減、いまだ尿酸値高し。

2ヵ月半で体重10kg減に成功。

中性脂肪やコレステロール値は標準に入ったが尿酸値がいまだ高い。

今日、大学病院に行って相談した。現在、尿酸値は9。投薬治療をするかしないかの限界にある。腎機能が今、50%くらいしかないので、尿酸値の生成を抑制するする薬になるのだそうだ。ところが、副作用が強く、かゆみ・湿疹がでるかもしれないとのこと。尿酸値10では絶対に投薬治療が必要ということで、当面、生活改善で尿酸値を落とすことに努めることにした。2ヶ月後にチェック予定。

2010年11月25日木曜日

「がんから5年」を読みました

先週の土曜日、岸本葉子さんの「がんから5年」という文庫本が文春文庫から出ているのを見つけました。最新刊の文庫本です。

岸本さんはエッセイストで、気軽に旅のエッセイなどをかかれていて読んでいました。40代でがんをわずらい、何冊かがんに関する本を出版されています。自分ががんといわれた時から、岸本さんのがんについての本をよく読みます。私の気持ちを代弁してくれているような気がして、また、励まされたり、反省したりでです。

がんと言われたときに、まず、思ったのは「なんで自分が・・・」。その時、半分の人ががんにかかるというのを彼女の本で知り、「別にかかってもおかしくないんだ。また、原因もわからない。そして、自分は悪くない。誰も悪くない。ただ、がんになったんだ。だから、これからどう生きていこうかを考えることにしよう」と思えるようになりました。

しかし、ほどほどに体を気遣って生きてゆくのも難しい世の中です。

2010年11月21日日曜日

宇治興聖寺の紅葉


興聖寺上り口付近
 
午後から、散歩がてら、宇治興聖寺へ。
興聖寺につづく琴坂は左右から紅葉の木がせりだしていて、うまくゆくと紅葉のトンネルになるはずだったが・・・・・残念、早すぎた。坂の上り口と上の方は色づいているが、中間部はまだ緑。あと、2週間後くらいかな。でも、もしかしたら、きれいに色付かず、そのまま枯れてしまうかもしれない。

(2008年の宇治の紅葉は私のwebページア・カプリッチオのPhoto Galleryに掲載しています。よかったら、見てください。)


  
宇治川沿いの小道



 

2010年11月14日日曜日

紅葉のウォ‐キング(2)



今日は曇り。朝のウォーキングに出かけた6時ごろは暗く、なかなか、明るくならない。歩いている人も少ない。それでも、30分ほどすると、明るくなり、山城運動公園(太陽が丘)の紅葉は見えてきました。昨日よりも紅葉は進んだ感じがします。

2010年11月13日土曜日

紅葉のウォーキング(1)

今朝の早朝血圧は良好。下がなかなか90を切れなかったが今朝は85。運動公園をめざし一時間のウォーキング、8000歩クリア。運動公園は紅葉。ここ2週間ぐらいは楽しめそう。残念ながら朝日は拝めず。秋の私のウォーキングコースを紹介します。

2010年11月7日日曜日

15km歩きました

今日はくもり。朝一時間、夕方一時間、運動公園へウォーキング。昼間は京都駅前にオープンしたばかりの大手電気店に浄水器のフィルターを買いに出かけました。都合24、000歩、約15km歩きました。やっぱり、歩くのは自然の中が良いですね。人ごみはどうもいけません。夕方の運動公園は、家族ずれでいっぱいでした。やはり、紅葉のシーズンですから。近くの植物公園も来週から紅葉祭りです。明日は仕事、しっかり、睡眠をとらないと・・・。

2010年11月6日土曜日

紅葉近し

今朝は快晴。かすかに、霧がかかっていて遠くはみえない。運動公園の木が何本か色づいている。日が昇り、朝日があたると、スポットライトがその木にあったって居るかのように、きれいに浮き上がって見える。逆光もなかなかきれい。まだ、紅葉の最盛期とはいかないまでも、そろそろ、楽しめる。
昨日、血液検査の結果をみた。6月には178mg/dlあった中性脂肪が122mg/dlに、167mg/dlあった悪玉コレステロール(LDLコレステロール)の値が118mg/dlに減り標準値に入った。ここ、二ヶ月ほどの改善だが驚いてしまう。尿酸が良くない。やはり、腎臓のせいかもしれない。
体重減と歩く量を確実に1万歩/日確保しているせいだと思う。平日はできないないが、休みの日には6時頃から約1時間、自然の中の運動公園を歩く。秋になり、家を出る頃はまだ薄暗いが、帰り着く頃には日が昇る。

2010年11月4日木曜日

血液検査

人間ドックの時、尿酸値が高いといわれていて、先週、診療所に行った。尿酸値もさることながら最低血圧が高いということで、今日、血液検査をした。結果はすぐわからない。ここ数日、最低血圧がなかなか90を切れずにいいたが、診療所では下は85だった。安心はできない。やることはやらなければ。

2010年11月3日水曜日

木々が色づき始めた

快晴。雲ひとつ無い明け方を歩いた。家を出た時は薄暗かったが、その内陽が上り始め木々にあたり始めた。色づき始めた木々の葉っぱがきれい。運動公園からは京都の町並みがきれいに見える。空気が澄んでいるのだろう。
午後から家内と京都駅近くのデパートに買い物に行くが、人がおおい。もうすぐ、京都は観光客のもっとも多いシーズンの一つに入る。

2010年10月28日木曜日

80キロが切れた

手術前から体重減に努めてきた。手術後も腎臓への負担軽減のため、食事の量を減らし、毎日1万歩以上を目標に歩いてきた。夜、体重計にのったら、80キロを切っていた。いままで、何度も挑戦したが、失敗し、リバウンドを繰り返していた。一ヶ月半で約7kg体重を落とせた。もう少し、続けないと。75kgが切れたら、ごほうびに海外旅行に行くぞ。

2010年10月25日月曜日

退院後初めての検診

血液を採取した後、腎臓の機能について話を聞いた。手術前から肝臓の機能があまりよくなかったらしい。クレアチニンが1.0もあり、機能的には普通の人の60%くらいだった。腎臓を部分的に切除したため、クレアチニンは術後1.3に上がりGFR値から機能は45%程度に低下している。クレアチニン値は改善しないということから、今の状態を維持するのがやっと。運動をし、摂取カロリーを減らし、体重減に努め、血圧は上げない。塩を控える。がんだったので、切除しないという答えはなかったので、くいはない。いろんな意味でがんばりすぎないようにしないと。透析は避けたい。

2010年10月16日土曜日

出勤後初めての休日

今週から仕事に出たが、今日は出勤後初めての休日。特に、体の不調も無く一週間が過ぎた。早朝、約4kmほど歩いた。うろこ雲の朝だった。半そでの服を着て歩いたが、ひんやりとした空気が体に心地よかったが、出会う人はみんな長袖。残念ながら朝日は見られず、それ以降曇り空。やっぱりうろこ雲だ。出退勤のときはよく歩くようにしているが、カバンを持っているせいか、少し肩が凝ってきている。終わってからストレッチ。

2010年10月12日火曜日

初出勤

朝の散歩は土曜までお休み。といっても、一駅歩きを実行し、1万歩はかせいだ。毎朝歩いてたこともあり、特に問題なし。会社のデスクの上の人間ドックののクレアチンの値を確認した。腎臓切除前で、1.1mgでやや高い。気になるのは0.9、1.0、1.1とここ毎年大きくなっていることだ。いままで、クレアチニンの値なんか気にしたことがなかった。腎臓切除でどう変化したのだろうか?癌がクレアチニンの数値に影響を与えるのだろうか?

2010年10月11日月曜日

KNIGHT & DAY

久しぶりに映画を見に行きました。

「ナイト アンド デイ」。コール・ポーターのジャズではありません。KNIGHT & DAYです。トム・クルーズとキャメロン・ディアスのおしゃれなスパイコメディ。なかなかのせりふが随所にあります。最高は、手をぐっと下げて「without me!」、手を上にかかげて「with me!」。楽しめます。

明日、手術後、はじめて出勤です。

2010年10月9日土曜日

退院して一週間

退院して一週間。ドレインを抜いて約一週間が経った。右足を大きく上げると足の付け根がやや痛むのでズボンをはいた入りするのに何かにもたれかかることが多い。今日初めて風呂に入った。いままではシャワーだったので、すっきりした。退院してからはできるだけ早く寝て、七時間から八時間の睡眠をとるようにしている。

2010年10月6日水曜日

虹を見ました

退院後、一週間休みをもらっている。朝、近くの運動公園まで歩くようにしている。お天気はよかったが、京都の山の上にはかすかに雲がかかっていた。朝の光の受けて西山あたりに虹がかかっていた。BGMはコレルリの「合奏協奏曲1番」から「3番」。

2010年10月5日火曜日

手術後8日目:退院

2010/10/02(土)

今日は退院。医師に傷口をみてもらう。ほとんど肉が盛り上がってきているとのこと。防水シートを傷口に張ってもらう。これでシャワーはOKとのこと。風呂は1週間ほど不可とのこと。

担当してくださった医師と看護師さんに挨拶し、午前中に病院をあとにした。

今回の入院で、体重は約4kg減。体温は少し上昇した(36℃台)。入院時、150位あった血圧が120か130という比較的良い値に戻った。入院前の血圧の悪さは体重とストレスのためか?いずれにせよ、体重はもっと落とす必要があるし、血圧ももう少し下げたいので、健康管理とストレス管理を退院後は考えないといけないと思った。がんは別として、今回の切除による腎臓の機能低下は免れないので、いわゆる、メタボ状態は今度は命取りになるかもしれないことを医師から言われた。

手術後7日目

2010/10/01(金)

今日から10月。明日は退院。まだ、最後のチューブ、ドレインが付いたままだ。

今回の手術ではホッチキスの針のようなステープルで傷口が止めてある。今日は抜糸ならぬ抜ピンである。ドレインチューブもお腹の皮にステープルで固定してある。

どのくらい痛いのか不安だったが、たいしたこと無かった。皮膚に貼られた接着力の強いテープを引っ剥がす程度だった。ドレインを抜いてもらいこれで完全にチューブから開放された。自由だ。明日、お腹に開いたドレインの穴の状況を見てもらい退院。その他の傷口はきれいということだった。

明日は退院だが、土曜日で休みのため退院の事務関係の手続きができないので、そのための書類を書いたりする。

手術後6日目

2010/09/30(木)

だんだん調子が戻っている。咳やくしゃみの時の傷口の痛みが減ってきている。しかし、傷口をかばうために後ろ手を組んで歩くのが癖になってしまった。

外は雨で気温は低く20℃くらいだが病室内はもっとあたたかい。

寝ている時間が多いので足腰が少し弱くなったかもしれない。もう少し歩こう。

手術後5日目

2010/09/29

朝から教授回診。

少しだけだが、お通じあり。とりあえず、量は関係なし。トイレでは、痛くて、なかなかいきめない。

看護師さんの話では、筋肉を切っているから、1~2ヶ月は痛むかも・・・ということだった。

エコーで腎臓をチェックしてもらう。問題ないとのこと。

腎臓がん自身の進行はゆっくりしている話を聞いていて、実は、数年前からがんはあったのだと想像できる。毎年、人間ドックは受けているのに、去年はなぜ見つからなかったのかという疑問があった。腎臓の腫瘍はエコーではなかなか見つけにくく、あるとわかっている前提で見てみると判別できるというくらい難しいのだそうだ。そういう意味では、人間ドックでよく見つけてくれたということなのだ。感謝。

手術後4日目

2010/09/28(火)

昨夜の雨あがる。雲多き朝だが、ところどころ青空が見える。

お腹の張りがきつくなってきている、食事の量を減らそうと思った。

退院後の健康管理について考え始めている;血圧、食事、運動、ストレス、減量

問題がなければ、9月30日には処置が完了するとのこと。

4日間便通なし。

手術後3日目

2010/09/27(月)

朝、37.2℃まで熱がさがっている。
じっとしている分には痛みは無いが、咳をすると傷口が傷む。

午前に尿の状況が良いので、尿管を外してもらう。尿管の刺激はかなり不愉快だったのでとてもうれしい。個室から相部屋に戻る。

排尿時、かすかな痛みがある。管が入っていたからしかたない。

手術後2日目

2010/09/26(日)

朝食はあまり進まず。昨夜から37から38℃の微熱が続いている。部屋から外にでて歩き始めるが、チューブはいっぱい付いている。

昼ごろ、点滴をはずしてもらう。もし痛むようだったら、痛み止めを出すから言って欲しいといわれたが、特に、我慢できないほどではない。それより、チューブから解き放たれるのがうれしい。

会社に手術が無事完了したこと、退院後、一週間休ませて欲しいことを伝える。

食事は大分取れるようになったが、全部は食べられない。

お腹の張り減少ののため、腸の動きを促進するため漢方薬(大建中湯)を処方してもらう。

手術後1日目

2010/09/25(土)

さわやかな朝。午前に歩く練習。酸素吸入をはずしてもらう。血中酸素96%と平常値に戻っている。点滴、尿管、ドレイン(手術後、腹腔内に溜まった血液などを抜くための管)がぶら下がっている。とりあえず、立ち上がった。あんまり、気分がよくない。血圧が低いのかもしれない。

昼ごろより水分を摂取してよいということ。

午後、担当医師が見えられた。切除部分は右腎臓の30%。切除周辺部分は機能的にだめになるので、50%くらいが機能的に生きるだろうということ。ただし、手術前のわたしの腎臓の処理能力は普通の人の70%くらいしかなかったとのこと。切除後は計算上53%くらいになる。切除していない左腎を事故でし失うようになった場合、処理能力は18%くらいになる。機能低下で10%を切ると透析が必要になる。食事、疲労、ストレスとこれまで以上に注意、つまり、腎臓に負担をかけることは極力さけ、現状の機能能力をできるだけ維持する必要ということである。

夜より食事をとっていうことで、重湯と魚のミンチを団子にしたようなものがでたが、ムッときてほとんど食べられず。重湯を少し口にしただけ。

平時は比較的楽。

手術当日

2010/09/24(金)

いよいよ、手術の日。朝から緊張。
6時:起床、浣腸。
7時半:エコノミー症候群のような血栓防止対策としての圧力靴下を履く。
8時:家内が来る。

8時半:歩いて手術室へ。担当の方々に朝のあいさつ。手術台の上に寝ると、テキパキといろんな処理が始まる。名前の確認。手術部位の確認。点滴の針がさされる。マスク着用。麻酔始めますの声から十秒くらいで、かすかなにおいを感じたら、意識がなくなった。単にフェース・マスクのにおいかもしれない。眠くなるという感じではなく、単に、意識が無くなったという感じ。

夢の中でパラパラとスライドが高速で切り替わる感じがあると思ったら、名前を呼ばれて、終わりましたの声。そうだ、手術だったんだと思い出した。体が何か変。また、すぐ、眠った。「動かします。」の声で目が覚めた。そのあと、2回ほど「少しゆれます」の声で目が覚めた。ベッドに乗せられて移動している記憶はまったくなし。「着きました」の声でまた目が覚めた。声がすると意識が戻るという感じ。

家内と主治医の先生の声がする。

右わき腹鈍痛。切ったから仕方ない。それより、膀胱がぱんぱんに張った感覚がある。尿は尿管から自動的に排出されているから、尿がたまっているはずがない。多分、尿管による刺激のせいだろうと思ったが「トイレに行きたい」と訴えた。痛み止めを投与してもらい、眠った。気がついたら、膀胱の張った間隔はなくなっていたが、口の中とのどが異常に渇いた感じがある。看護師さんに口の中を水で拭いてもらった。当然吐き気がきた。麻酔のせい。寝返りはOKということで、痛みを我慢して横を向き、吐こうとした、そのたびに傷口に激痛。3度目に小さな血痰をはいて楽になった。口の中の渇きは何度も感じた。麻酔が完全に覚めていない状態での飲水は嘔吐をまねくことがあり、吐いたものが肺に入ると肺炎を起こす可能性があるということで、医師からはうがい程度といわれた。

家内に水を準備してもらい、口の中に含んで、口の中を濡らし、吐き出すことを何度か行った。また、呼吸の際、呼気を鼻から出すのではなく、口から出して体内の湿気で口を潤そうと努めた。

予定通り手術は終了したと説明を受けたと家内は教えてくれた。病棟には午後2時半頃、看護師が手術室に迎えにいったということだったので、これも予定通り、6時間くらいの手術だった。

手術当日の時間の感覚は曖昧でよくわからない。少し楽になったので、家内にもう帰っていいと言ったのは覚えているが、夜はうつらうつら状態だった。

19時:酸素マスクを一度はずしてもらったが、血中の酸素濃度がまだ低かったので、酸素吸入を再開。フェースマスクからカニューレに変えてもらい、それだけでも楽になった。

2010年10月4日月曜日

入院から手術前日まで

腎臓がん闘病の記録(2)

2010/09/21 (火)

いよいよ入院。きれいな建物。眺め抜群。「大文字」が山肌にくっきりと見える。4人部屋。到着後、血圧測定、緊張しているのか150を超えている。体温は正常。棟内を看護師さんに案内してもらった。

手術についての説明を受ける。手術準備偏は看護師さんから、手術そのものについては担当医師から。手術としては後腹膜鏡下右腎部分切除というもの。右わき腹に複数の穴を開け、腹腔鏡下で腎臓を切除取り出すというもの。リスクについての説明があった。

・ 腎臓は小さな血管がたくさん通っている。切除後、それを逐一ふさぐ必要がある。出血がひどい場合は、全体切除及び普通の開腹手術に移行する場合がある。
・ 腎臓内の尿細管もふさぐ必要があるが、これは尿管カテーテルにより色素を逆方向に注入して、色素の漏れを確認しながら閉じてゆく。
・ 術後のリスクとしては、動脈と静脈がつながるとき、普通は毛細血管を介して繋がるのだが、ごくまれに直接繋がってしまうことがある。このとき接続部に血の入った袋が形成され、破裂すると体内で出血が起きてしまうので新たな処置が必要になる。

書面による同意書にサイン。

そのあと、麻酔科の医師が見えられ、麻酔は全身麻酔で呼吸を停止させて、酸素吸入を行いながら手術が行われるといわれた。そのあと、口の中をチェックし歯がぐらぐらしていないかの確認があった。これは酸素吸入のための管を入れる際、歯に損傷を与えないためのこと。

2010/09/22 (水)

概して、暇。手術は24日だが前日は祝日ということもあり、一日早く入院した。麻酔科の正式の説明が再度あり、同意書にサイン。夜、下剤プルセニド服用。血圧が140に下がった。周囲の患者さんはがんの治療をうけているが、わたしだけは、自覚症状もなく、ぴんぴんしている。私はがん初心者。

2010/09/23 (木)

明日はいよいよ手術。午後から下剤を溶かした水2Lを服用。血圧が130に下がった。いままで、どうしても下がらなかった血圧が、入院して3日目にして、ほぼ正常値。

2010年10月3日日曜日

発見から入院まで

腎臓がん闘病の記録(1)

2010/06/18 (金)

今年も人間ドックを受ける。血圧がやや高い。おそらく、血液検査の結果はよくないだろう。メタボだ。いずれにせよ、予想はついている。

2010/07/19 (月)

人間ドックの結果を、半月以上、放置していた。会社への結果報告の期限が近づいたの開けてみると、今までに見たことの無い所見があった。エコー診断のところに、腎臓に腫瘤。X線CTによる精密検査が必要。手書きで至急と書かれていた。父親の系統は腎臓にのう胞がでるので、いよいよきたかと思った。すぐ検査病院にCT検査を申し込む。

2010/07/23 (金)

午後、会社を休んでCTの検査を受ける。造影剤を注入すると体が熱くなる。検査後、一時間ほどで結果がでた。きちんと血液が回っているので明らかに腫瘍あり。素人の私にもはっきりとわかった。検査病院の先生の話では、のう胞ではない。腫瘍だ。良性か悪性かははっきり判断付かないが、いずれにせよ、切除が必要。良悪の判断は切除した腎臓の細胞を検査してみないとわからないでしょうとのこと。CT画像で見る限り転移はなさそうであるとの話だった。いずれにせよ、治療のための病院にすぐ行きなさいということで、市内の大学病院を紹介してもらい、週明け早々に予約をいれてもらった。

今日は古い合唱仲間の演奏会があったのだが、やはり、行く気にならなかった。ごめん。帰宅して、事情を家内に話したところ、あまりにも、帰宅が早かったので、不吉な予感がしたそうだ。

自分は何年生きられるのだろうかとか、費用はどの位になるのだろうか、仕事は続けられるのだろうかとか収入はとか不安がよぎる。あまりにも、知識が乏しかったので、腎臓がんについてインターネットで調べてみた。受診する大学病院のWebサイトに初期がんであれば、5年間生存率は90%を超えていた。もう欲は言わない、5年間生きられたら良しとしようということで居直った。

Live for Todayということがとても重い意味を持ち始めた。いままで、こんなことはなかった。10年先を考えて、いろんなことを考えることもあったが、もう、そんなことを考えるのは意味が無い。それよりも、その日を、楽しみ、やるべきことをやることが重要だ。

2010/07/26 (月)

会社の上司に報告。入院・手術の可能性が高いこと。これからのことについて了解を得た。

笑えない話がある。がんとわかってほっとしたことがあった。これで、仕事が休めると思うと妙に明るくなった。毎日が追い詰められていた。退院したら、仕事のやり方を変えないといけない。

2010/07/27 (火)

大学病院をたずねる。状況的には検査病院の結果と同じ。転移も見られず、初期と考えられる。90%以上の確率で完治するだろうとのこと。あらためて、CT、エコー、血液検査を行う。手術の方法については、結果を勘案し、内部の会議で決めるとのこと。次回、外来で説明しますとのことだった。

2010/08/02 (月)

家内とともに外来をたずねる。

腫瘍の大きさは約4cm。腹腔鏡による右腎部分切除手術をするとのこと。腹腔鏡手術は小さな穴を複数個開け、カメラによる像を見ながらの手術で、一番大きい穴でも患部を取り出す数cmのものですむ。回復までの期間が短縮されるメリットがある。

初期であれば根治的切除(全摘出)でも部分切除でも5年間生存率はかわらないというのをインターネットで確認していた。根治的切除の場合、残った腎臓が事故で機能しなくなった場合には、透析ということになってしまう。いずれにせよ、技術的には難しい手術であるとのこと。

手術日は9月24日。手術後、一週間程度で退院できるだろうとのこと。

心電図測定。

2010/08/03 (火)

会社で再度状況を伝える。上司より治療の方を優先するよう言ってもらえた。

ここ2週間ほど仕事のペースを落としていた。自覚症状がほとんどないので、心苦しいところがあった。入院までにある程度仕事を片付けておかないという頭もあり、ペースを戻すことにした。ただ、過剰なプレッシャーは欠けないことにした。仕事はしないといけないが、無用なプレッシャーを課する仕事のやり方は今後直していかないといけない。リラックスして仕事をすすめる方法を、退院後は模索しないといけないと感じた。今までのやり方では血圧は上がるし、体への負担は大きくなる。

2010/08/04 (水)

自分ががんになってしまったことをある人に伝えると、その人は困惑してしているようだった。自分ががんであるということを伝えることはとても難しいことだと感じた。がんは死とイメージ的に繋がってしまうため。どう反応していいかよくわからないのだろう。

また、がんであることを伝えるだけで、無能力者の扱いを受けるのではという不安がよぎる。

2010/08/16 (月)

入院は9月21日ということで、入院の申し込みを行った。通常のX線撮影を行った。心電図の結果から洞性不整脈がある。念のため循環器科を受診するよういわれた。

2010/08/17 (火)

循環器科を受診。不整脈は通常の範囲内で問題なし。

2010/08/30 (月)

ほぼ、事前の検査は終了。手術時の緊急用輸血のため自分のための血液を貯血は不要である。今までの経験によるもの。あとは、入院の日を待つのみ。