2011年11月3日木曜日

コンサート、すごかった。そしてGo!

ベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートを聞いてきました。
指揮は佐渡裕。
演目は
R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」作品20
ラフマニノフ:ピアノとオーケストラのための「パガニーニの主題による狂詩曲」作品43
ベートーヴェン:交響曲第7番 作品92
ピアノはエフゲニ・ボジャノフ。

何度か胸にぐっと来ました。「ドンファン」はオーボエのきれいなメロディー。「パガニーニ」はあの有名な18変奏。映画「ある日どこかで」(1991)で使われた曲です。ピアノの切なくて美しい調べがオーケストラに移り、だんだん大きくなるにつれてなんともいえない気分。最後の部分はピアノの独断場ですごかった。ベートーベン「交響曲第7番」といえばのだめですが、私は悲しい第2楽章が好きです。佐渡さんは比較的ゆっくりとした演奏で、音をおさえている個所でぐっときました。いろんな思いをぐっとこらえているという感じでした。そして第4楽章。え!こんなポジティブなのは聞いたことがない。音楽は生とか死とか、歓喜とか悲しみとかいろんなものが1つの曲中にを集約されているんだなと感じました。

最近、どうもいろんなことにやる気を失っている私ですが、ベートーベンの交響曲7番の第4楽章のいけいけ!の音楽をきいていると、なんだか、そんなことじゃいけない気がしてきました。いけないというより損をしているといったほうが正しいかもしれない。演奏しているひとが、指揮者がすごく楽しそうでした。聞いていても楽しいのだから、演奏したらもっと楽しいだろうなと思いました。でも、それは無理。でもいろんなことから、逃げないで、もっと楽しくありたい。とりあえず、GO! 高揚した気分で会場をあとにしました。

2011年10月29日土曜日

亡霊の証人

今日は三谷幸喜監督の映画「すてきな金縛り」初日ということで、映画館にでかけた。ガッツはあるがおっちょこちょいで失敗ばかりする若い女性弁護士が、被告のアリバイ証言を落武者の幽霊に証言を頼むというお話。なんせ幽霊が見える人と見えない人がいるというとんでもない状況。笑える、泣けるなかなか面白い映画だった。

何年か前、「12人の優しい日本人」という舞台を見にいったことがあった。これも三谷作品。こちらは裁判員制度のお話でしたが、これも面白い作品だった。

家に帰ってから、お米をつきに精米所に行くが、かつては十分持ち上げられていた30kgの袋を動かすのがとても大変。力がなくなった。

2011年10月9日日曜日

銀河鉄道の夜

ノーベル物理学賞は宇宙の広がり方の加速度が大きいことを示した。暗黒エネルギーなるものがあるそうな。その一方で暗黒物質が銀河には存在するらしい。それを考えないと銀河の運動が説明できない。

この年になってその銀河を走る宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をはじめて読みました。とっても、静かで透き通ったお話だと思いました。子供の頃読んでいたら、きっと、怖くて眠れなかったんじゃないかな。

きらきら光る銀河のほとりに群生するリンドウ。化石。アルビレオ。そして、ジョバンニとカムパネルラの別れ。

お話には夏の星座がでてきますが、この透き通ったイメージは冬の星座を連想しました。
アルビレオは私の好きな星のひとつ。白鳥座の頭の部分にある二重星。オレンジ色とブルーの色が美しい(NASAの写真)。
「僕たちどこまでだって行ける切符きっぷ持ってるんだ」
今の宇宙モデルでいくと、宇宙はどこまでも広がってゆく。

2011年10月8日土曜日

スティーブ・ジョブ

アップルの元CEOスティーブ・ジョブが亡くなったというニュースをはじめて知ったのはiPhoneのニュースアプリ。すごい、つい最近CEOを引退したばかり。とことんまで仕事をしていたのには頭が下がる。

2年前だったらほとんど私は興味をを示さなかっただろう。一年前、自分ががんになってから、ガンという言葉で敏感に反応してしまう。さらに、半年ほど前から私もiPhoneのお世話になっている。

私のお気に入りの、ジョブの名言です。

「自分自身の興味と直感に従う勇気を持って欲しい」
発想力はとことん考え抜いた時、ひょっこり現れるような気がします。論理的な数学や物理学の大発見もやはり直感が背後にありますよね。

「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ」
どこの企業でも、どんな製品を企画するかと言う話になると、やたら顧客の意見これがほしいと言われたとかアンケートの結果ポイントが高いと言うと、企画が通りやすくなる。これじゃ、無駄が多くて、世間並みのことしか企画できないように思える。リスクも少ないが・・。

2011年9月29日木曜日

一年経った

はやいもので、昨年9月24日にガン切除手術をうけ一年が経ってしまいました。今日、約4ヶ月ぶりに病院に行き、CTを撮りました。問題なしということで、無事、一年を過ごせたことになります。次の検診まで4ヶ月。1歩ずつクリアしていこう。

朝、林の中を歩いていたら、突然、短い音がしました。木の実が落ちた音でした。秋。なんだか、これでおしまいみたいで、ちょっと、寂しい気がしました。そうだ、言い方をかえよう。大きな種が落ちた音。ここから次の芽が生える。

2011年9月19日月曜日

朝の散歩で目撃

時々、暑い日もありますが、気持ちのいい朝もちらほら。
え!こんなところに。
いつものウォーキングコースでウサギを見ました。はじめてです。野生か、飼いウサギかよくわかりません。写真を撮ろうと思ったら、茂みに入ってしまいました。残念。

2011年8月7日日曜日

原爆と原発、そして、科学と技術

「原爆と原発。似た音を持つ20世紀の発明は、ともに核分裂の熱を使う。一つは人殺しに、一つは発電に。しかし放射線は善悪を弁(わきま)えない。この猛獣を地震国で飼いならすのは難しいというのが、福島の教訓だ」

これは8月6日の朝日新聞の天声人語です。

ふと、何かの本で読んだことを思い出しました。そのころ私は原子核物理学を勉強していました。そのことは悪なのかどうか、そして、原爆について考えていたころのことです。その本には、科学と技術の違いについて書かれていました。科学には善悪はない、それを、応用した結果、つまり。技術には善悪が存在するというものです。科学は哲学で、技術は倫理学だというのです。

原発も原爆も技術です。常に悪の槍玉の原爆、それに対し善とみなされてきた原発は一瞬にして悪に変わってしまいました。社会環境や見方によって善と悪はどんな風にでも変わるというのをまのあたりにしたような気がします。

多くの人が悪の根源にのようにみなしている放射線。しかし、放射線は技術ではありません。科学です。放射線も自然の有様の1つです。地震も津波も自然。そして、人も自然です。人という自然が、技術をとおして人という自然を破壊しています。

原発をやめるとか言う議論があります。これで原子力の研究は下火になるのでしょうか。原発をやめると原子力や核兵器の知識や技術がとぎれてしまって世界に対する日本の発言が弱くなるという意見をTVで述べている人がいました。これはやや楽観的な考え方です。原発事故という十字架を背負ってしまた日本は原子力の事故の後始末というとてつもない仕事をやりとげないといけません。核のごみの後始末の問題を先送りして、原発をスタートさせてしまったことにたいするつけがこれから重くのしかかります。

放射線の技術で1つ大事なことを忘れていました。がんの診断や治療に使われています。X線という放射線を使用するCTという装置で小さな癌を確認してもらったおかげで私は今生きていられるのも事実です。

2011年7月24日日曜日

記念日―がん発見から一年―

昨日、7月23日は私にとっての記念日でした。

昨年、超音波で腎臓に異常が見つかり、7月23日はCT検査でほぼ癌だろうということがわかった日でした。昨年の今頃は、一年後にはもうこの世にはいないかもしれないと愕然としていましたが、なんとか、存在しています。

体重も20kg以上減らし、血液検査とか血圧とかの状況は格段に改善されたのですが、ここのところ、眠さと無気力感で調子はベストとはいえません。体重減らし過ぎかもしれないし、できるだけ、脂肪とかの摂取を減らしているが原因かもしれません。少し、様子見です。

昨日は合唱の公演があり出演しました。フォーレのレクイエムで、曲としてはあまり長くないのですが、終わってからどっと疲れがでてしまい、今日の午前英語の練習にいったのですが、頭の中は雲がかかっているような状態でした。昼食と夕食は、体重が少し増えてもいいからということで、肉を食べました。今までにはないことです。

夏が乗り切れるか心配です。

2011年7月12日火曜日

原発推進は無理

評論家になろうとする原子力委員会はいらない。学者か何か知らないが、はなから責任回避しか考えない委員会はいらない。委員会の人間は専門家。専門家が責任回避を最初から考えるということはそれは原発は危なくて、手に負えないことを暗示しているにすぎない。

世の中にはいろんな責任の重圧に耐えながら、いろんなことを自ら決断し、リスクをかかえながら生きている人がたくさんいる。とても重い判断をしなければならないのはつらいと思うが、それでも逃げずに責任ある態度をとるのが、専門家としてのプライドじゃないのかな。原子力で食べていこうと決めたのは自分以外のだれでもないはずだ。

ストレステストをするとかしないとかという原発自身の安全性もさることながら、事故が起こった際、どう対処するかが決まらないとだめだ。これには廃棄物のことも含めないといけない。この問題はとても難しい問題だと思うが、もう先送りできないところまできている。そのことをきちんと議論できない国では原発推進は無理だ。

原発は危険なもの。事故は必ず起きるものという立場にたてない国では原発推進は無理。

原子力委員会はさすが専門家の学者の集団。事故は起きると思っている。だから、リスクを回避する。

2011年6月23日木曜日

がんと闘った科学者の記録

ニュートリノ振動を初めて観測し、ノーベル賞候補といわれていた戸塚先生の癌の闘病ブログが出版されていたので読みました。戸塚先生は小柴先生のお弟子さんです。

2000年に大腸がんで手術、その後、肺、肝臓、骨、脳に転移、2008年他界されました。そのブログは亡くなられる一週間前まで続いています。

他のがん患者さんのために、病気の進展具合、治療、副作用についてきめ細かく記録されています。薬物の効果があっても、副作用のために中断せざるを得なくなる。その後、どうなるのか。誰に聞いてもわからない。自分の例を克明に記録されています。

無くなられる一二ヶ月のブログは戸塚先生の一生の総括みたいに読めました。明快に生き方みたいなものがのべられていました。

印象的だったのは死への恐怖についての気付き
・自分が消滅しても世界は何事も無く進んでゆく
・自分が存在したことは時間とともに消えてゆく
・自分が消滅した後のことは絶対垣間見ることはできない。

こういった恐怖のなか、残りの人生をどう生きるかをいつもいつも考えられていた。

それ克服するためいろんなことを考え実行されている。生きることは修行である。宗教を信じない科学者が仏教に興味を持つ。古代仏教は他力本願ではなく、みずから、悟りを開く修行である。

なかなか難しいのが奥さんに愚痴をこぼし、精神的に追い詰めてしまうこと。これを克服したいと思われていた。

最後のほうに正岡子規の言葉を引用されている。
「悟りとはいふ事はいかなる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りということはいかなる場合にも平気で生きて居ることであった」
副作用や痛みと闘いながら常に生きることを考えられていた。

「コチョウランが満開になった。ランというのは花の咲いている時間が長い草。当分楽しめそうだ。部屋を華やかにしてくれる」。 とてもおだやかな文章。

このブログを最後に入院、一週間後になくなられた。最後のブログはとても辞世のブログとは思えない。まだ、まだ、このまま生活を続けるといった趣の文でした。

10日ほど前、6月15日のPhysicsworld .comにEvidence mounts for previously unseen neutrino oscillationという記事が出ていた。これは日本のT2K(Tokai to Kamiokande)実験で、東海村のJ-PARK(巨大な加速器の複合体)でニュートリノを発生させ、小柴先生のノーベル賞となった観測が行われた飛騨のカミオカンデでニュートリノを検出する実験です。このJ-PARKを推進されていたのが戸塚先生で、成り行きを楽しみにされているのが読んでいてわかりました。今はいろんな人が後をついでやっておられ世界的な成果を生み出しています。

最初にこう書いてられます。「Old soldiers never die; they just fade away。古い世代は自己の痕跡を残さずに消えさるべきなのです。」

2011年6月21日火曜日

貧血気味

体重が減って、いろんな数値が良くなって、メタボからも脱したのはいいが、さいきんやたらと頑張りがきかなくなってきているのは気が付いていました。今も、肩から腕にかけて脱力感があります。

先日の健康診断では血中のヘモグロビンの値が異常というほどではないまでも、低めであるとの指摘はうけました。もともと高いほうではありませんでしたが、体重が減って、ヘモグロビンも下がったのが原因だと思います。

本屋さんで書棚の下のほうの本を見て立ち上がろうとすると、立ちくらみが起きて、少しの間、書棚にもたれていることがあります。

2011年6月20日月曜日

人とのお付き合い

最近、人と接するのがとてもおっくうになっている。

仕事も、今日は最初考えていた内容のことは10%位しかできなかった。PCを開いて文章を書き始めたら、5分もしないうちに、次々と問い合わせ、対応ののしごとが入ってくる。ようやく、続きに取り掛かれたのは一時間半後。完全に最初やっていたことを忘れてしまっている。

自宅に帰ったら、メールで、2件ばかりお誘いがあったが、迷った挙句、全部お断りした。

かつてはいろんな仕事も、お誘いも積極的に受けていた。しかし、手術後、仕事に復帰してから、仕事がどんどん山のようになり、はけなくなっている。これ以上受けたらどうしようもなくなってしまうという思いから、どんどん消極的になっている。それにつられるように、人とのお付き合いも消極的になっている。

東日本大震災の後、ひどくなった。

現場の負担がどんどん増えてゆくなか、中央部門は責任回避策ばっかりを考えている様子が、自分の仕事の状況と重なってしまう。

言い訳かもしれないが・・・。

2011年6月18日土曜日

リスク

経済産業相が安全対策についてできていることを地方自治体に説明、再稼動を要請するという記事がでていました。いままで、国と電力会社はきちんとした安全対策をとってきたと言ってきた結果が、現状況です。また、同じことをしているように見えます。まず、今は、いくら説明してもだれも信用してくれないところから物事を考える必要があります。

まず、実施するなら、対策をとりましたからこの位の地震津波では大丈夫ではなくて、原発は危険で事故は起こりうるという視点に立てないとだめだと思います。もちろん、起きない対策は言うまでもありませんが、起きたら初動はどうするか。どうやって飛散や汚染の広がりを回避するのか。核のごみはどうするのか。どう住民は避難するのか。責任はどこがどのように持ち、どういう責任の取り方をするのか。安全対策のコストも含めて原発は安価なのか。そこまでの内容が説明されないといけないと思います。

知人が言ってました。安全対策については国民も反省すべき点があると・・・。本当は危険なものなので、そのことは国も電力会社も十分わかっていても、厳重な対策がとれなかった。危険だから巨額の投資を行って安全策を講じようとしたら、国民はそんな危険なものを作らなくていいという。だから、国も電力会社も適当なところで、安全だといったにちがいない。事実かどうかは知りませんが、あらゆるものにはリスクは付き物です。

日本という国は他の国とくらべても安全な国です。そのせいか、他人には安全を求めますが、自分ではリスクはとらない国民だなと最近つくづく思います。現在の国と電力会社の対応の仕方をみていてもそう感じます。

癌と診断されたとき、治療をしてもらいその最終結果は自分が受け入れざるを得ないものと強く思いました。もちろん、お医者さんはベストな解を提示してくれますが、決めるのは自分です。その決定のリスクは自分がとらなければならないのです。癌と診断されるなんて自分にとっては予想外の大きな津波でした。でも、どんな結果になろうともそれは誰の責任でもない、自分の責任でもないかもしれない。しかし、リスクだけはとらないといけないのです。

原発の問題については自分がその決定に参加できず、結果だけをあまんじて受けないといけないというのは、少々、納得のいかないところです。せいぜい、国会議員を選ぶくらいですかね。せめて、国会議員が決定に参加し、原発廃止にYESだったのかNOだったのかを明確に国民に明らかにして欲しいです。自分と反対の意見に一票を投じた国会議員には、次回の選挙では絶対入れない。

2011年6月13日月曜日

今年の人間ドック

今年の人間ドックの結果をもらいました。

癌というとんでもない通知をもらってから一年。今年は腎臓腫瘤の文字がなくなりました。

体重を20kgも落としたおかげでいろんな数値が改善しました。ウェストも20cm近く減りました。メタボも非該当、脂肪肝も消えました。クレアチニンはもうよくならないということであきらめて、数値キープに努めることにします。眼底にまだ高血圧性の変化が残っています。でも血圧自身は正常になっています。

食事の量を減らしているせいか、やや、貧血気味という結果が出ています。

普段の生活を規則正しくするのが重要みたいです。

2011年6月12日日曜日

最近、疲れる

最近、疲れる。体重も増えていないのに。仕事がどんどんたまってゆく。こなせないうちに次の仕事が入ってくる。

元気が出ないもうひとつの理由は、ニュースをよく見るせいかもしれない。あきらめと焦燥感を覚えてしまう。被災地の人はもっとつらいだろう

ミヒャエル・エンデの児童小説「ネバーエンディングストーリー」では主人公の少年バスティアンが世界を蝕んでくる虚無と戦う。

首相と与党野党の国会議員の犯した大罪は国民に虚無感を与えていることではないかと最近思い始めている。原発の問題にしてもどうしようとしているのかまったく見えない。首相は原発を止めるかと思えば、国は推進を宣言する。今度は自然エネルギー推進庁だって。自民党は都合が悪いのか、民主党をこきおろすだけで正義の見方ぶるがこれからエネルギー政策をどうするのか述べていない。要するに、重要なことの決定を他者におしつけて、何も自分で決めようとしないのだ。

なんで私の仕事がふえてゆくのか。官僚化してゆく社会で瑣末な仕事が増え、「他人に仕事をやらせるのが私の仕事」みたいな風潮があるのだろう。

こんな国で原発を進めるのは危険すぎると最近感じる。原発技術の問題ではない。
「原発は人災だ。電源流出は考慮しなくていいことは知っていたが真剣に考えなかった」 ちょっとまてよ、監督官庁の長が居直りみたいにそんなこと言ったら、国民はどうすりゃいいんだ。誤ってすまない問題をそれで済ましてしまう。プロの言葉とは思えない。こんな国で原発を進めるのは危険すぎる。

・・・なんて考えていると疲れもしますよね。

バスティアンみたいな政治家はいないのかな。

2011年6月8日水曜日

反粒子と癌

ここ数日見かける記事に、309個の反水素を1000秒間トラップしたというニュースが流れています。反水素は水素の反粒子。場所はCERN。反粒子とCERNというふたつのキーワードでダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」を連想される方がいると思います。これはお話なのでなんということはありません。実は20年位前、この反粒子が使われている機械を知り驚きました。PETです。PETといっても猫とか犬ではありません。

さて放射線を発生するメカニズムの1つにベータプラス崩壊というのがあります。最近話題のヨウ素131はベータプラス崩壊ではなく、ベータマイナス崩壊です。ベータプラス核種は陽電子を放出します。陽電子は電子の反粒子です。陽電子と電子が衝突したら2つの物質は消滅してガンマ線という高エネルギーの光を発生します。

PETはpositron emission tomographyとよばれるもので、癌の診断に使われます。ベータプラス放射性核種を含む薬品を体に注入し、その薬品が癌にあつまりやすい性質を使います。癌の近くにあつまったベータプラス放射性核種は陽電子を放出し、それが体内の電子と衝突し消滅するとそこからガンマ線が出て、それを体外で検出し断層画像をつくっていきます。

最近ニュースが連想ゲームで癌につながりました。

2011年5月26日木曜日

手術後第2回目チェック

手術後の第2回目のチェックのためCTをとりました。無事、クリアしました。よかった。

帰り、鴨川べりで、名取裕子をみかけました。ドラマの撮影中みたいでした。検事さんかな。

2011年5月23日月曜日

原発は日本では無理?

原発で事故は絶対に許されない。

最近のニュースを見ていて日本では原発を運営するのは無理だという思いになっています。

技術的には高いと信じたいし、世界にも負けない技術力があると思います。しかし、今問題にしているのは技術的な話ではありません。原発を引っ張っていっている人たちの言動や組織的動きのまずさ、安全に対する向かい方、政治力の弱さ、いいのがれ、あげればきりがありません。本当は事故収束のために、日本の中枢が技術力を結束できるよう動かないといけないの、足をひっぱっているようにさえ見えます。
また、日本語は非常に曖昧で、阿吽の呼吸でコミュニケーションが図られます。文学上のことならとてもいいことだと思います。しかし、論理的にきちんとコミニュケーションをとらないといけないときに、此の曖昧さがでてくるととんでもないことが起きてしまいそうです。ひとつひとつ確認を取りながらコミニュケーションをとらないといけません。私も仕事で人に質問されたとき、よく、なんでそんなことを聞くのかと逆に質問します。それは、答えは1つではなくて、状況に応じた答え方をしないといけないからです。

重大事故の起きないよう何重にも安全策を打っていて、すべてがだめになる確立は殆どゼロに近いという議論がされます。ところが、これには、ひとつひとつの安全策がだめになるのは独立事象であるという条件があります。問題が起きた時に、連鎖的に次の問題がおきるようではだめです。対策がだめだと怒鳴り散らす首相、多分、それに呼応した電力会社。いずれもが、連鎖反応的に起きている事象です。

また、確率はゼロではないとコメントする委員長。そんなものは子供でもいえます。知識をきいているのではなくて、重要なのはどうするかを決めないといけないということです。その自覚があって答えているかどうかということが需要です。決定するために普通の人にはない知識を使って欲しかったと思います。間違いを恐れて実行できないのは最悪です。現場は決断して最良と思われる方法を身が縮む思いでやっています。

日本語のもつ曖昧さ、実行力よりも誤ったことを言わないようにする気持ち、言い訳のうまさなんかは時によっては美徳になりえます。それは否定しません。今回の原発事故を見ていて、こういった日本的ものの見方やインテリみたいな考え方ががとても危険なものにみえてなりません。だれがやっても同じようになるのではないかと悲観的になります。

2011年5月18日水曜日

からだのままに

一冊の本を読みました。南木佳士さんのエッセイで「からだのままに」という本です。長野県の病院の先生でがん患者とかとの死に立ち会うことが多く、パニック症候群とうつ病に苦しみ、克服され、それからの静かな生活がつづられています。50才を過ぎてからの山登りとか水泳とか自然とのふれあいとか。

あとがきを読んでいたら、NHKの週間ブックレビューでの南木佳士さんへのインタビューの話が書かれていました。インタビューアが最後にきっちりと、
「こころのままに、ではなく、からだのままに、なんですね」
とまとめられたそうだそうです。

私も昨年、がんに罹ってから、そのことがとてもよくわかるようになりました。気持ちで何かをやりとげられると思っていた自分から、体にあわせて何かをやっていくことへの転換を考え始めています。体を感じていろんなことをするのがとても大事だと考えるようになっています。

きょうから会社へ持っていくカバンの中の本は「からだのままに」から「寝ても覚めても本の虫」に変わりました。本好き、特にミステリー好きの作者が書いたエッセーはわくわくします。何だかすぐにでもミステリーに手を伸ばしたくなっています。作者は児玉清さん。先ほどのインタビューアも児玉清さん。

体以上には生きられない。そのことを自覚して毎日の生活を送りたいという気持ちを起こさせてくださいました。ご冥福をお祈りします。

2011年5月16日月曜日

先送りできない日本

池上彰さんの「先送りできない日本」を読みました。

政治がはがゆい。日本の経済もはがゆい。そう思っていた時、本屋で見つけました。いろんなことを決断せずに先送りしてきたことが、ここにきてどうしようもなくなってきた。

原発の問題も専門家は当初からこのようなとんでもない事態をわかっていたのではないかと思います。はっきりとした証拠がえられなかったので、公表しなかったのではないか。推進してきた人たちはそういった状態を事実として認めたくなかったのではないか。そういうこともあって、根本的な対策を先送りしてしまい、あとの祭りになったのではないでしょうか。

事故があってすぐの時に中性子が屋外で検出されたというニュースを聞いて、それって放射化された核燃料の一部が飛び出してきていると思いました。しかし、ずっと、「とじこめ」の原則は確保できていると政府はいい続けてきました。しかし、中性子は内部と外部がつながってしまったことの証拠、閉じ込めの状態は破られてしまっていることの証だったと思いました。

エネルギー供給で原発をどう扱うかも先送り。年金、国債問題も先送り。簡単な問題ではないですが、もう、腹をくくってやるしかないのではないかと思います。50年前にもどれと言われるとさすがに厳しいですが、20年くらい前の生活状況なら我慢できそうな気がします。

2011年5月8日日曜日

平泉の思い出

英語でおしゃべりをしていたとき、ゴールデンウィークに東北を旅してきたという人がいました。平泉にも行ったということで、世界遺産のニュースが流れたばかりで、まったくタイムリーな話題でした。

わたしもかつて何回か行った事がありました。

毛越寺から達谷窟まで歩いて行って、切符売り場の人に帰りのバスのことを聞いたら、すぐのバスに乗らないと電車に間に合わないことがわかりました。しかたないので見ずにそのまま帰ろうとしたら、平泉にもうすぐ行く用事があるから一緒に車に乗っていきなさいと、切符売り場の人。それまで達谷窟を見ておいで・・・と言って下さいました。ずっと、昔の話ですが、東北の人の気持ちにふれた気持ちのいい旅でした。

金色堂もいいですが、一番すきなのは高館からの眺めでした。

夏草や兵どもが夢の跡」
The summer grass-
It is all that's left
of ancient warriors dreams

眼下をゆったりと南下する北上川が流れをそらす。背景には束稲山。

また、行ってみたいです。

2011年5月6日金曜日

日本国よ、しっかりして欲しい

あまり、政治の話は書きたくないんですが、政府や国会議員はいったいこの国をどうしたいんでしょう。被災者の人はがんばっている。民間もがんばって協力している。普通の人も電力の消費とかで気を使っている。自治体も、公務員もがんばっているのに、政府と与野党両方の国会議員は口ばっかりでだめだめというか、誠実さがないように見えてしまう。

首相の浜岡原発中止要請。ほんとかいなと疑ってしまう。他の原発はどうなんでしょう。全原発の地震の発生予想確率と原発の現状を提示して、こういう状況だから、浜岡原発のみが問題だからこれを中止させるみたいなことをきちんと提示しないと、まったく、信じられません。批判を回避したいのと何かやってるんだということをアピールしたいだけにしか見えません。

一方で、経産省は原発重視の方針を堅持すると発表し、正反対ともとれる見解を示しました。.

いったい、日本をどっちの方向に持って行こうとしているんでしょう。国は方向を決める力が無いように私には見えてしまいます。何も言わないと批判されるから、まったく、相反する見解を国が同時に出してその場しのぎをしようとしているようにしか見えません。それとも、浜岡原発だけをスケープゴートにして、他の原発は推し進めようという作戦なのか。

だめな政府です。国内外だれも信用していません。そこに暮らす人たちはどうすればいいんでしょう。今日はちょっと腹がたっています。

ずっと、前に、東京大空襲の話を読んだことがあって、その一節に感動をしたことがあります。空襲の2、3日後、焼け野原のなかで生きていることの証がちらほらと見え始めます。ほした洗濯物です。人間はすごいと思いました。うちのめされても数日後には生活を取り戻そうと活動を始める。誰にも頼れない。震災のあとの現地の人努力を見ているとこの一節を思い出します。国には頼れないので、ともかく、自分たちの手でできる範囲から生活を立て直そうと始めている。国よ、しっかり、してほしい。

2011年5月2日月曜日

歩いた!疲れた!

普段どおり、朝早起きをして、6km近く歩いたあと、何を血迷ったか、山の辺の道を歩くことを思いつき、出かけました。

天気は良かったのですが、黄砂のせいで遠方はかなりかすんでいました。桜井から天理への道筋はかつての大和王権の古墳とか古事記や日本書紀にでてくる神々を祭った神社があり古の時代に誘ってくれます。また、桜はもうおそいですが、春まっさかりで、山藤、ハナミズキ、ヤマブキ、菜の花、コデマリにオオデマリと沿道は花いっぱいでした。人と行き交うたびに挨拶をし、楽しい時をすごしました。
距離は16km、最後の峠越えはきつかった。疲れた!今日はじっくり寝れるかな。
 

2011年4月30日土曜日

おだやかな雰囲気

朝、うまく進んでいかない仕事のことを考えて、いらついた。あれが悪い、これが悪いと思い悩む。今日は休日で、何も出来ないと自分に言い聞かせました。

今、京都は観光シーズンまっただ中。といっても、震災のせいか例年と比べると少ないかもしれない。それでも、河原町、新京極、寺町あたりはカップルでにぎわっている。寺町通りも御池から上がると人もまばらになってくる。梶井基次郎の檸檬に登場する果物屋さんももうなくなってしまったが、このあたりは雰囲気がある。

寺町通りのパン屋さんで小さく切ったパンを食べながら食事をした。お客さんも多くない。となりでは40くらいの女性が食事を終えて、ゆったりと本を読んでいた。ゆったりと時間が過ぎる。外はだんだん夕暮れが近づいている。

苛立ちで始まった日は、おだやかな気持ちで終わりました。

2011年4月29日金曜日

父を超えられるか

今日からゴールデンウィークに突入です。

父が逝った年齢になりました。父は腎臓が悪かったのですが、最後は心不全でした。

去年は癌と診断され、もしかしたら父を越えられないかもしれないと一瞬思いました。手術をして希望がでてきました。一年がんばれば父をこえられます。

2011年4月27日水曜日

スーちゃんがんばったね

ショッキングなニュースでした。あのスーちゃんが癌だったなんてぜんぜん知りませんでした。長い間闘病生活をし、ほんの一月前まで仕事をしていた人が突然逝ってしまうなんて。

よく深夜にキャンディーズのテープ(CDではありません)を聞いていました。

春になるといつも思い出します。もうすぐ春ですね ♪♪ さあ、がんばろう!

2011年4月15日金曜日

気を引き締めないと足元をすくわれるかも

社内報をみていると49歳の方が肺がんで逝去されたという記事がありました。2006年にがんが見つかり、その後、復帰され、仕事をこなしてられたそうです。しかし、昨年、秋、再発。5年目です。

私はまだがんを摘出してから一年も経っていません。それなのに、もう、半分忘れかけている。食事もだんだん気を使わなくなってきているし、ウォーキングもだんだん惰性になってきているような気がします。私もいつ足元をすくわれるようなことが起きるとも限りません。一日一日を大切にすることを忘れかけ、時間に追いまくられている。何があっても悔いだけは残さないような生活を!と思い起こさせてもらいました。ありがとう。合掌。

おととい、昨日と東京に仕事で東京に行ってました。東京へ向かう新幹線から富士山がきれいに見えました。

2011年4月10日日曜日

春だ!スイッチオン

今朝は最高の散歩びより。6時前に家をでました。いつものウォーキングコースは桜。
こんなでした。もう陽がさしてます。
i-podから聞こえる曲はちょっと古いけど、
「言っているいる お持ちなさいな
いつでも夢を」
春になるとスイッチオンが感じられる時があります。今朝はそんな感じでした。

2011年4月9日土曜日

放射線被曝のこと

連日、放射線被曝のニュースが伝えられています。その中で、平時のいろんな環境中での放射線被曝との比較が出されています。

ここ半年私は3回CTをとりました。相当な量です。X線の場合は体内被曝は絶対にありえませんから、そういう意味ではいいのかもしれません。一回に数十mSvですから、100mSv以上この1年間にあびることになるでしょう。数字だけでみると今の関東地方に人と比べると格段に被曝量は多いですが、被曝と引き換えに、がんというとんでもないものの診断をしたり、再発していないかのチェックをしてもらっていることになります

学生の頃、放射線測定の実験をしていたことがあります。シンチレーションカウンターでX線のエネルギー分布を調べると、核種がわかるのですが、実験に用いた放射線源以外の核種が検出されたことを覚えています。それは建物のなかに含まれている花崗岩からきていると先生がおっしゃってました。今は福島県を中心に北関東や東京で放射線量が上がっていますが、この事故がなければ西日本のほうが一般に自然放射線量は高いのだそうです。特に山口県。これは西日本は花崗岩質というのが関連しています。建物にしても地盤にしてもそこにいる人は常に放射線に曝されていることになります。また、高地の町ほど被曝線量は多くなります。

いずれにしても、原発事故は早く収束してほしいです。

2011年4月7日木曜日

血圧のこと

最近、寝覚めがよくないです。また、かがんで、たち上がるときふらっときて、手を物についてもとに戻るのを待つことがあります。血圧が低いのだと思います。去年は血圧が高くて投薬治療が必要というところまでいっていたのですが・・・・。確かに上は下がっているようなのですが、下が高く、血圧の幅が狭いようです。以前、病院で測ってもらった時は上が102で、下は90くらいでした。両方とも高いのよりは良いとは思うのですが、良いのか悪いのかよくわかりません。下の血圧を下げたいとは思うのですが、どうすればいいかわかりません。

2011年4月4日月曜日

Out of the Blue :悪性リンパ腫からたちなおった歌姫

私の好きなオーストラリアの歌姫。デルタグッドレム。才能にあふれた彼女は若くして悪性リンパ腫を発症、放射線治療をしながらみごとに復帰した。そのとき、療養しながら歌っていた曲が「Out of the Blue」。

新しい始まり。新しい章。パワーフルに歌う。彼女は困難を克服しようと歌っていたのかなと想像してしまいます。すばらしい。

「Born to Try」という曲も好きです。良いか悪いかわからないが、ともかく自分で選んで自分の道を歩く。トライするために自分は生まれてきた。

2011年4月3日日曜日

梅も桜も

朝のウォーキングは春の花に囲まれるようになってきました。場所によって暖かいところ、陽の当たらないところ、また、遅咲きの木や早咲きの木があります。梅と桜が共存しています。

2011年4月2日土曜日

あと5kgなんだけど

標準体重まであと5kgなんだけど、ここ2週間体重が減らない。昨日も飲み会。一週間前は東京に行って、そこそこの量を食べてしまった。りんごから洋ナシに移ってきているのは事実なんだけど。ここであきらめるとリバウンドするから要注意。

朝のウォーキングは気持ちがいいです。桜もちらほら。

2011年3月31日木曜日

家内が誤解した放射線モニタリングのこと

今日、原発作業者で全員が個人線量計を付けずに、代表者だけが付けて作業をしていたという報道がされていました。「つけてなくても、あとで作業後、放射線を測定すればわかるんじゃないの。避難者は避難地域からでてきてから測定してもらって、『大丈夫』とか言ってもらっていたじゃないの」。こう家内は言いました。

そうですね。わかっている人はわかっているのでしょうが、誤解している人がいるかもしれません。

放射線の害は放射線を人がどのくらい浴びるかによります。放射線を出しているのは放射性物質です。作業をしている人は放射性物質に囲まれて仕事をしているから放射線をたくさん浴びるので常にモニターしています。あとで測定しているのは体や衣服に放射性物質を含んだちりやほこりがついているかいないかを測定するのであって、その人がそれまでにどのくらい放射線を浴びたかはわかりません。どのくらい浴びたかはモニターを常に身につけてないとわかりません。もっとも、放射性物質を含むほこりが付いているとそこから放射線が出ますから常に被爆しかねませんので、厳に避けるべきことですが。

2011年3月24日木曜日

IT生活

いままで、携帯を持たなかった私でしたが、i-Phoneを買ってしまいました。

Wi-Fi(無線LAN)が便利かも知れない。これから、いろんな所で公衆無線LANのアクセスポイントが整備されていくと思います。

i-Phoneには音楽だけではなく、e-bookも入れてしまいました。pdfは字を大きく出来ないので、目の悪い私にとってはみにくいですが、e-Pubは大きく出来るのでみやすいことがわかりました。2冊いいれてみました。電子本は規格があってAppleのものはe-PubはOKです。i-bookstoreで入手できるとなっているのですが、ほとんどありません。外国にProject Gutenbergというサイトに永井荷風のアメリカ物語がありました。もう一冊はSigilという無料ソフトで作ってしまいました。少しの間、楽しめそうです。

2011年3月20日日曜日

2つの安らぎへの祈り

おととい、比較的、病院の検査結果が悪くなっていなかったので、努力のご褒美ということで欲しかったアクサンチュス室内合唱団(Accentus Chamber Choir)のTranscriptionsというCDを買いました。アカペラのとても美しい合唱が聞けます。無重力空間に浮かんでる感じです。

その冒頭に入っているのがバーバーのアニュスデイ(Agnus Dei 神の子羊)です。「神の子羊よ、かれらに休息を与えたまえ。慈悲深き主よ、永遠の休息を彼らに与えたまえ」のような言葉がつきます。この曲はバーバーの「弦楽のためのアダージョ」にアニュスデイの歌詞をつけたものです。弦楽のためのアダージョといえば映画「プラトーン」で流れる曲です。悲惨な戦場で人が倒れていくシーンでこの曲を聴いていると安らぎへの祈りを感じてしまいます。曲調としては短調で美しいというしかありません。

土曜は合唱の練習。そこではフォーレのレクイエムを練習していますが、ここにもアニュスデイがあります。こちらのアニュスデイも美しく静かで、バーバーよりも明るい感じで曲がはじまります。

合唱の練習の前、全員で黙祷をささげました。

波が人や物を飲み込んでゆく情景が目に焼きついています。放射線という目に見えぬ恐怖と戦いながらがんばっておられる人もいます。

2011年3月18日金曜日

腎臓検査の結果

月曜に行った腎臓の検査の結果を聞きに病院に行きました。結果は尿酸値以外は良好でした。尿中ベンスジョーンズもネガティブでした。尿酸値は前回とほぼ同じで8.3とやや高い。クレアチニンは1.2から1.1とやや下がりました(変化なしと見るべきでしょう)。摂取たんぱくも摂取塩分もよくコントロールできているということでした。こんごこのライフスタイルを続けて様子をみましょうということになりました。

病院にゆくとほっとします。毎日が忙しくて、解決しないといけないこと、やらなければいけないことが次から次に出てきます。ここ数週間ほど、休みの日ですら、いらいらし、気持ちがおちつきませんでした。今週はもっとひどい状態にあるのですが、今日病院にいくとほっこりしています。来週の月曜は春分の日ですが仕事です。でも、病院に行ったおかげでずっと連続していた緊張感がうまい具合にブレイクできそうです。ガンになって運命を受け入れ、そこから何が出来るか考える生き方をスタートした場所だからかもしれません。普通であることの大切さを実感させてくれる場所になっています。

2011年3月15日火曜日

ストレスor 減量?

ここ数日、夕方になるとふらふらします。以前に無かったことです。たちくらみのようなこともあります。空腹なのも事実。昨年九月からの体重減ももうすぐ19kg。一方、仕事を平行して何本もしないといけなくて、やってもやっても減りません。去年とちがうと感じるのは手の指が冷えることです。血行がよくないと思い、グーパーをするのですがいっこうに温まりません。暖かくなると直るのでしょうか?今日、本当は合唱の練習があったのですが、仕事が終わったら疲労感からその気にならず自宅に直行しました。来週の月曜は休日返上で仕事になりそうです。

2011年3月14日月曜日

本日、検査でした。不安。

前回。24時間の貯尿が2L 容器で不足してごまかしたこともあり、今回は水を飲むのを控えました。そしたら、1.5Lほどでした。今度は、すくなすぎるのではないかと不安です。結果は金曜日にわかります。血液もとってもらいましたが、なんだか、血管がはっきりしなくて針をさす位置を時間をかけてさがしてられました。このときも、不安でした。

2011年3月6日日曜日

最近、腰痛、なんで?

ここ一週間ほど腰痛がでています。体重が増えた時はよくあったのですが、今は、平均して減少しています。姿勢が悪いのだろうか。今日は一番ひどい。ストレスと腰痛は関係があるらしい。最近、仕事のストレスはひどい。仕事がどんどんたまってきていて、首がまわらなくなってきている。肩こりでなく腰痛か・・・・。まさか、腎機能が落ちているとか・・・。いずれにせよ、要注意。

2011年3月5日土曜日

梅は咲いたか、桜はまだかいな

朝のウォーキングで、ちらほら、白い梅、桃色の梅を見かけるようになりました。春が近づいてきました。

最近、期末が近づくと仕事が忙しくて・・・・。

ついつい、リラックスする生活を決断したのに忘れがちです。ウォーキングしながら仕事のことを考えてしまっている自分にふと気付きます。だめだな。

「春はすぐそこまできている」と言い聞かそう。

2011年3月4日金曜日

やっぱり体重が増えてしまった

昨日は、東京でお食事会をし、最終の新幹線で京都にもどってきました。気を抜いて食べてこととおみやげにチョコバナナを買って来てしまった。さらに、新幹線のなかでサンドイッチも食べてしまいした。どう見ても食べすぎですね。今日の体重70.5kgで70kgを超えてしまいました。

70kgにこだわる訳は、70kgというのは高校生のときの私の体重です。何かのときに聞いたのですが、高校生の体重を越えると要注意。その年齢あたりで心臓の成長もとまるからで、それまでは体重に応じて心臓も成長するが、それ以降の体重の増加は心臓への負担でしかない。真偽のほどはわかりませんが、自分で納得して目標に設定するのはいいんじゃないかな。

2011年3月2日水曜日

70kgが切れた

本日、体重69.9kg。70kgをクリアした。昨年9月12日の体重が86.9kg。手術前に、主治医の先生から手術がやりにくいから少しやせましょうといわれてから半年弱経過、17kg減らしました。本当はもう少し早く達成予定でしたが、お正月とか飲み会とが入り邪魔されてしまいました。明日はまた会食がよるあるので、70kg代に逆戻りすると思いますが、なにはともあれ結構なことです。

2011年3月1日火曜日

「今日という日は贈り物」:生きるとは?

ナンシーウッドという人の詩集。素敵な言葉がちりばめられています。

去年はじめて自分の死を考えました。その時から、今を大事にしようと考えるようになりました。

この本を読んだ時、星の王子さまを連想しました。

サンテグジェペリは好きな作家の一人です。サンテグジェペリは大人になりきれない人間だという批評をみたことがあります。そんな彼に感銘を覚える私はやはり子供なのかなとショックを受けたことがありました。

ナンシーウッドのどこがサンテグジェペリに似ているのかよくわかりませんが、私にとって、二人とも、一つ一つの文章を考えながら読みたいと思う作家です。

メモがわりに・・・数センテンス書いておこう。

「死ぬべく運命づけられていること、それは一日一日の目的を認識すること」
「人は永遠を持っていない。だったら、なぜどうすることもできないもののためにくよくよするのだろう
か?」
「恐れは人を身動きできなくする」
「尊敬とは対等であること、最悪の時にも」
「今日という日は贈り物。一瞬も無駄にしてはならない」
ー井上篤夫訳ー

私は携帯を持っていない。携帯メールの返事が返ってこないことを気に病む必要もない。また、携帯メールに連帯感を求めることも無い。ナンシーウッドは孤独の大切さを切々ととく。すべては一人の旅で、孤独がいろんな閉ざされたものを逆に開くと・・・・。

サンテグジェペリの人間の土地を読んでいると、飛行機のなかで孤独と戦いながら、人と人の気持ちをつなぐ郵便を運ぶ人の姿が見えてきます。この辺が二人が似ていると感じたのかもしれません。

2011年2月28日月曜日

癌になって歌えた

先日、角田光代さんの「旅する本」という短編を読みました。古本屋に売った自分の本と外国の旅先で何度か出会うという話です。本に再会し、読んでみると新しいことに気が付いたり、まったく別の雰囲気を持ったりする。そのことはとりもなおさず、いろんなことを自分が経験し、自分が変わってることに他ならない。

これは音楽にも言えると思いました。

先日の演奏会では2曲歌いました。ひとつはラターの曲です。高らかに神をたたえるという感じの出だしで始まりますが、練習を始めた頃は、あまり好きではありませんでした。もっと、短調のゆっくりとした曲想のほうが好きでした。

癌の宣告。もう、歌なんかどうでもいいと思いました。一年先はどうなっているかわからない。音楽も聞かなくなりました。

病状もだんだん明らかになり、初期のがんだとわかったとき、このラターの曲をふとききました。その時、歌えると感じました。もし、無事、手術が終わったら、自分がもとの生活にもどれたら、この喜びを表現したいと思いました。この曲を歌いたいと思いました。

以前にも書きましたが、最近、バロックの軽快さがたまらなくいい。ロマンチックで朗々とした曲よりもリズミカルで軽やかなところがいい。朝日の中で聞ける曲がいい。今を精一杯謳歌できる曲がいい。

経験が好みを変えたんだと思います。いままで、気付かなかった良さを見出せたのだと思います。

2011年2月26日土曜日

最近始めた合唱と英語:Yes, we can change!

今日は最近チェンジしたことのオンパレードでした。

午前中は新しく属した合唱団の練習です。フォーレのレクイエム。テナーはたった4人でしたが、比較的声がそろっていて、なんとかなりそうかな。フォーレのレクイエム、とっても美しいです。Goodです。

夕方からは英語のチャット。英国人の先生でした。日本人は男性3名、女性2名で少し多いかな、でも、和気あいあいとした雰囲気でこれもGoodです。人間はコミュニケーションが大事。明日も英語のチャットに行くつもりです。

2011年2月21日月曜日

早朝ウォーキングと春ホルモン

同じ時間に早朝ウォーキングしていると、春が近づいてきて、だんだん明るくなるのがわかります。12月ごろはすれ違う人の顔さえわからなかったのに、最近ははっきりわかるようになってきました。

さて、最近、春ホルモンの記事が出ていました。理化学研究所は2008年に春ホルモンなるものを発見しました。マススの実験で日照時間をのばすと甲状腺刺激ホルモンの働きで、精巣・卵巣などの生殖腺が発達することを発見し、「春ホルモン」と名付けたそうです。最近、さらに、理化学研究所、近畿大学、京都大学のチームが、日照時間を延ばす時、夜明け方向に伸ばすと春ホルモンが増えるが、日没方向に伸ばしても春ホルモンは増えないことがわかったそうです。

早起きをして夜明けが早くなることを感じることは、春を体で感じることで、生物学的に重要なんですね。早朝ウォーキングのモチベーションになりそうなお話でした。

2011年2月20日日曜日

英会話練習開始

いろいろありましたが、英会話の練習、といってもフリートークですが始めました。生徒3名、オーストラリアからの先生1名で、2時間のチャットでした。結婚式の話から、卒業式の話、仏像の話、お酒が飲めないところの話とかが話題でした。

2011年2月19日土曜日

今冬は寒い?今年の夏は?

今年の冬はとても寒い気がする。きっと、体脂肪が減ったせいだ。今年の夏はしのぎやすくなるかな?

2011年2月17日木曜日

変化するぞ、合唱と英語。

ここ一週間いろんなことを考えていました。現在にやや閉塞感あり。

合唱もしっくりこない。自分は迫力より、軽快でピュアでヴィヴィッドに歌いたいという気持ちが強いのですが、今の合唱団では、達成できそうな気がしない。今年の2月はじめの演奏会で歌った時、あることに気付きました。あんなに大人数ですごいボリュームで歌っているのに、残響がしょぼい。フォルテで曲が終わると、会場が残響で満たされます。何年か前歌った時、すごく感激しました。その前もすごいと思いました。それと比べると今年はだめだった。音が飛んでいない。

土曜日に前にいた合唱団を尋ねるつもりです。人数はとても少ないです。合唱を維持できるかどうかの限界ですが、でも、きっちりとした発声、歌い方を指導してくださいます。

もう1つ変わろうとしていること、何日か前から英語教室のことを書いていますが、たぶん、行くと思います。

英語のフリートーキングですごくいいと思うことがあります。それは、英語以外のことです。まず、自己紹介ですが、自己紹介をすると自分のことを考える機会になります。自分とはいったい何なんだろう。他人とどこがちがうんだろう。自分のいいところや得意なことは何だろう。

また、いかに私は日本のことを知らないのだろうと実感します。日本人同士の会話では日本の常識ということで簡単にすんでしまうことが、外国の人との会話になるとすまない。すこしぐらい日本のことを調べないといけないということになります。

いずれも、日本語だったら、上手に話さないと嫌味になったり、知識のひけらかしになったりしてしまいますが、英語はハンディあり。英語の文章を作る練習問題ということで、逆に、気楽に話せる。

2011年2月15日火曜日

自然派レストランで夕食

夜、合唱の練習があったので、参加したのですが、いつも家に着くのは10時をまわります。退院してからは9時以降は食事をしないように努めています。そのため夜遅くなるときは、外食を早めに取ることがよくあります。

今日は京都の有名な自然派レストラン「びお亭」に行きました。この店は2度目です。肉とかがあまりでないためか女性が多いです。店は広くはありません。カウンター席に座って本日の定食を頼みました。食事が出るまでの待ち時間を利用して、最近、読みかけているカズオ・イシグロの小説を読みはじめました。本を取り出して読み始めることがとても自然に行えるような雰囲気のお店です。後から来たお客さんも同じように本を取り出していました。とても自然です。

食事はすぐ出てきました。小皿三品、玄米ご飯、味噌汁、メインは納豆のオムレツでした。量もありおいしいです。ただ、自分は過剰にカロリーをとりたくないので今度行く時はご飯を半分に減らしてもらおうと思っています。

食事が終わった時、どこかで聞いたジャズが流れてました。Mack the knifeでした。カズオ・イシグロの小説読み終わって気に入ったら、ブログに書きます。

2011年2月14日月曜日

雪のためウォーキング阻まれる

朝は通常通り出勤時に歩数をかせぎましたが、昼過ぎから雪。しかも、水をいっぱい含んだシャーベット状。退勤時はいつもはもっと歩くのですが、足元が滑って危険。下手に歩くとぐちゃぐちゃの雪が靴のなかにしみこみそうなので、断念し、電車に最寄の駅で乗ってしまいました。いつもは10000歩超えらるのに、今日は越えませんでした。明日の朝はもっと危ないかもしれない。

2011年2月13日日曜日

再度英語教室チャレンジ

金曜日訪問しようとした英語教室に再チャレンジ。といっても、今日はホテルのティールームでしたので問題なし。お試しレッスンを受けました。こじんまりとして、アットホームでなかなかいい雰囲気でした。メルボルンから来た先生でしたが、何年か前に別の語学学校でお会いしてました。世の中狭いです。今年初めて使う英語でしたので少し緊張しました。

表題とは関係ないですが、今日のウォーキングは2万歩をクリアしました。

2011年2月12日土曜日

ど迫力のブラームスからど迫力のバッハへ

先週の日曜日、演奏会でブラームスのドイツレクイエムを歌いました。合唱の人数が多いせいもありど迫力がありました。今日からバッハのh-moll(ミサ曲ロ短調)の練習の入りましたが、・・・・。ど迫力がブラームスからバッハに移ってしまいました。ど迫力のバッハ‐天国の天使を打ち落としてしまいそう。

美しくピュアに歌いたいという私の願いも打ち落とされそう。

2011年2月11日金曜日

英会話教室は・・・だった

今朝はウォーキングの途中から雪が降り始めたので、普通の半分のところで折り返してきました。

それはそれとして、合唱の演奏会も終わったので、フリートーキングができる英会話教室を探し始めました。

7~8年目は英会話教室によく行ってましたし、病気が見つかる前はイングリッシュカフェにも時々行きました。フリートーキングで、他の人がいろんな意見を英語で言うのを聞くだけでもためになるし、その人の個性がでておもしろいのですが、やはり、人数が多くなると話す時間も減ってしまいます。

ということで、適当なところを探してお試しレッスンに行こうとしたら、ガイーン、英会話教室は普通の家でした。なんだか、見ず知らずの人の家にいきなり上がりこむ感じだったので、気の弱い私は、気後れしてそのまますごすごと帰ってきました。

帰りに半額になった天ぷらを買って帰りました。これは収穫だ。

2011年2月10日木曜日

ぼんちあげ断ち

私の好きなお菓子にぼんちあげがある。関東のぼんちあげは歌舞伎。会社で定時後、おいしいといって歌舞伎を食べ始めた。やめろ!私の前で食べるな!退院後はぼんちあげ断ちをしているのだ。油のおかし、ポテトチップス、一切食べていない。カツなんか間もほとんど食べていない。ここまで体重を落とし、血液の状態もよくなっているのに、なんという残酷な。席を離れてもどってきたら、親切なことに、机の上に歌舞伎が1個おいてあった。ありがとう。クスン。でも食べない。

2011年2月8日火曜日

演奏会、家内のダメだし

演奏会を聞きに来ていた家内のダメだしです。
楽譜にかじりついていた私。I agree.
合唱全体の音がそろっていない。音の高さとかをいっているのではなくて、音質のことを言っています。宗教曲はそろっていないとダメ。I agree.

2011年2月7日月曜日

演奏会盛況

昨日、演奏会があり、2年ぶりの舞台で緊張の一日ででした。大盛況でステージ後の階段席まで人が入りました。やはり、最後まで声が続きませんでした。結構迫力のある合唱ではなかったかと思いますが、声がそろっていたかどうかは相当疑問です。まあ次のステップに出来ればいいのではないかと思います。

2011年2月5日土曜日

このオケ合わせじゃ体重減るよなあ

午後からオケ合わせで関西フィルの練習場へ。ラターのマニフィカートとブラームスのドイツレクイエム合わせて実質5時間歌い続けました。ドイツレクイエムの3番と6番歌ってるほうは大変なんですよね。さすがクタクタになりました。案の定、やったー!体重減った。71kgを切った。9月上旬は87kgありました。明日はコンサートホールで本番。ズボンぶかぶかだ。

2011年1月30日日曜日

ソリストの声にききほれて

ソプラノソリストとのあわせが今日ありました。美しい声に、最初、胸がつまって歌えませんでした。もちろん相手は専門家ですから、当然といえば当然なのですが。いつも、思うのは間近できれいな歌が聞けてラッキーです。来週は大阪でオーケストラとの合わせです。

2011年1月29日土曜日

演奏会近し

所属している合唱団の演奏会まであと一週間。ステージオーダーが発表されました。前から2列目です。風邪を引かないようにして、気持ちよく歌いたいです。

寒いので、エアコンの暖房を使っていますが、空気が乾燥してよく咳が出ます。あと一週間で何とかしないと・・・。

2011年1月27日木曜日

手術後第一回目チェック

手術後、4ヶ月が経過。最初のCTチェックがありました。少し心配でしたが、再発も転移もなく異常なし。ほっとしました。

手術をしてから、短期間で10kg以上減量していたのですが、意識して減量しているのか確認されましたので、「運動と食事で減らしています」と答えました。

確かに、最近、いろんな人から、やせたねといわれます。

次回はまた4ヶ月後。

2011年1月22日土曜日

肥満との境界、ぎりぎり。

体脂肪本日20%きりました。普通の人に戻れました。
BMI値25.1で、肥満から普通の人への境界に足がかかりました。

土曜日は比較的、体脂肪が下がります。理由は合唱の練習だと思います。なるべく2時間以上たって歌うことにしています。腹筋を使って歌います。よくリズムをつま先で取る人がいますが、私は絶対しません。するならば手と腹筋を使います。歌い始めは出だしがそろえられるよう、腹筋で聞いています。発声は姿勢から。リズムは体全体で。

2011年1月21日金曜日

尿検査でごまかしたのがばれてしまった

先週の日曜日24時間畜尿をし、月曜に採血をしたその結果を病院で聞きましたが・・・。開口一番、数字が大きい。尿クレアチニンも、摂取たんぱく質も、摂取塩分も多めに出ていました。クレアチニンの値を見れば、変なことをすると大体わかるのだそうです。実は、日曜日、2Lの容器で畜尿をはじめたのですが、寒かったせいか、夜に容器が満杯になったので、500cc捨てました。朝。夜の分を畜尿して24時間の苦行が終わりました。昼間は尿は薄くて、夜は濃いため、平均的に尿が濃くなった可能性が高いということでした。

検査結果の問題点は2つでした。血中クレアチニン(これは腎臓を取ったのでしかたない)と血中尿酸でした。しかし、尿酸は体重が減っているせいか、2ヶ月前、9.2mg/dlだったのが8.3mg/dlまで落ちていました。もう少し努力を続ければ正常値に近づくかもしれないということで、投薬はせず、2ヵ月後、再度検査ということになりました。私としても投薬はあまりしたくなかったので「よし!」ということに・・・。

次回はバケツにでもあけてかき混ぜたらと看護士さんに言われました。ちょっと、抵抗があります。暖かくなったら、2Lより少なくなるかも・・・・。

来週は、がん切除後第一回目のCTによる検査があります。ちょっと心配です。

2011年1月16日日曜日

明日は検査

明日は腎臓のための検査をうけることになっていて、朝から24時間貯尿中です。長時間外出できないつらさはあります。朝から寒かったのでいいといえばいいのですが・・・・。塩分やたんぱく質の摂取量がわかるということです。結果は来週末。異常が見つからないか心配です。

2011年1月13日木曜日

誘惑に負けるな

仕事で梅田に行きました。仕事を終えた6時ごろ、JR大阪駅の大丸地下で行列を見つけた。おいしそうな「イリエ」のクリームパン。よろよろと行列に並ぼうかと・・・。だめだ!と、こらえました。

年末年始の食の不摂生をカバーするのに2週間もかかってしまいました。ようやく、去年暮れのレベルまで体重が戻ってきたところです。

ここで、クリームパンはいかん。------ かわりに、別のパン屋さんで明日の朝食用にフランスパンを買いました。これって、誘惑に打ち勝ったことになるのかな。

2011年1月10日月曜日

早朝ウォークと冬の歌

今朝はとても寒かったです。朝、歩き始める時は、空にはまだ星がまたたいています。冬の星はとてもきれいです。いつもどおり、VOAEnglishを聞きながら一時間ほど歩きます。今日は3日に放送された「冬の音楽」がテーマでした。流れたのは
  1. Winter Wonderland/James Taylor
  2. California Dreamin/Mamas & Papas
  3. A Hazy shade of Winter/Simon &Garfunkel
  4. Sometimes in Winter/Blood, Sweat & Tears
  5. Winter /Tori Amos
  6. Song for a Winternight/Sarah MacLachlan
  7. Valley Winter Song/Fountain of Wayne
1, 2,3は知っていました。1は知っているのは軽快なものですが、James Taylorはしっとりと歌います。2が冬の歌だったとははじめて知りました。寒い冬の季節に暖かいCaliforniaを夢見るんですね。Sarah MacLachlanはとても美しい曲でした。あとで、You Tubeでチェックしたら彼女の歌でWintersongというのもありました。これも美しい曲でした。

空が明るくなり始める頃、体の芯は比較的暖かかったのですが、風も冷たく指先もかじかんでいました。そしてちらほらと雪花が舞い始めました。

冬の歌か・・・・。

2011年1月6日木曜日

合唱と健康

合唱をやっています。パートはテノールです。

きちんと歌えること、きれいに発声できることは健康にいいと思っています。でも、発声はとても難しく、きちんと出来るかと思えば、その次はがたがたになったりします。

私は
 ① 楽に高い音が出せること
 ② 小さな声でもきちんと発声できて遠くまで届くこと
 ③ 音が下がらないこと
で判断しています。

うまくいくと高い音でもきれいに響きます(正しくはそう信じています)。大きな声を出すのではありません。大きな声を出して青筋立ててのどで歌ったら、血圧が上がりそうですし、なにより、合唱全体をぶち壊してしまいます。

大切なのは腹式呼吸と音の支えの実践ですが、これはきっとストレス解消に役立ちます。いろんな本にも複式呼吸は気持ちを落ち着かせるのにいいと書いてあります。

音が下がらないことはきちんと音を鼻腔で響かすことときちんと発声することが重要です。きちんと高い位置で響かすと気持ちがとても前向きになります。さらに、音を伸ばす時、音が足踏みしないで前に進むことが大切ですが、これも気持ちが前進します。下がっている時は音を下から押し上げたり、無理に発声したりしています。結構、きれいに聞こえたりするのですが、音が沈んでいます。

歌を歌うことは一種のスポーツかもしれません。体は楽器です楽器、つまり、自分の体をきちんとコントロールしないといけません。まずは発声から・・・・がつねづね心がけていることです。発声から健康へ。演奏会が近づいています。

2011年1月5日水曜日

New Year Resolution?

Happy New Year !

今年の抱負なんてよく言われますが、いまだかって守れたことはありません。大概、長続きするのは別の何かのきっかけがあった時だと思います。だから、私の場合はNew Year Resolutionというより、これまで始めたことの整理といったほうがいいかもしれません。

  1. 今までどおりの生活態度を続けると多分今年は標準体重にたどり着けるはずです。適当なところで体重の減少を緩やかにし、うまく、ソフトランディング させる。
  2. このブログを継続させる(これは大変だと思う)
  3. 2月に合唱の演奏会があるのでこれはきちんと歌う。その後はどうしようか思案中。
  4. 最近、英語をさぼっていたので再開しようと思う。これは演奏会が終わってから・・・。さらに海外旅行につなげる(何年先かはわからない)
  5. 何かのWeb Materialを作る準備に入る。まだ具体案がないのでResolutionとはいえないかもしれない

2011年1月4日火曜日

2011年早々つまづいた

年末・正月と実家に帰っていました。歩いてはいたのですが、やはり、食べすぎがたたり、体重が3k増えてしまった。おせち料理は塩分が多すぎる。わかってはいたんだけど・・・。これからとりかえさないといけない。1月中旬から後半にかけて検査がいっぱいあります。